沼尻鉄道と私の関係

沼尻鉄道は正式名称を磐梯急行電鉄といい、磐越西線の川桁駅から沼尻温泉のある沼尻駅までの約15キロを結ぶ軽便鉄道であった。

大正2年に馬車鉄道として開通(日本硫黄耶麻軌道)し、その後昭和39年に日本硫黄観光鉄道に改称、さらに昭和42年磐梯急行電鉄と改めたものの、昭和44年に廃止されてしまった。

そんな鉄道に興味を持った理由は、高校時代の同級生に沼尻君というやつがいたからである。彼は可哀相に皆には「ヌマケツ」と呼ばれていた。ただそれだけの話。

最初に訪れたのは、1985年5月であった。当時うまい具合に父親が郡山に単身赴任しており、スクーター(ホンダタクティ)を持っていたのだ。そんなわけで、そこに泊まりスクーターを借りて、国道49号線を途中の磐梯熱海から石筵、母成峠を抜けて直接沼尻へと向ったのであった。

まず最初に訪れたのは旧沼尻駅である。駅舎が沼尻観光株式会社の事務所として使われている。といっても線路の面影はなく何となく駅前が広場っぽいなあという程度。でもそこから川桁に向って明らかに線路跡がのびており感動した憶えがある。

途中磐梯山を見ながら線路跡の農道を走ったが、人気もなくとても気持ちが良かった。

酸川をわたるところには橋台の跡らしき遺構が残っている。さらにその向こうにはいかにも鉄道線路だったというようなカーブを描く道が続いていた。

このときは、これ以上の廃線跡は見つけられなかった。

次に訪れたのは1986年の8月である。このときは川桁で降りて磐越西線の写真を撮ったついでに廃線跡を歩いたのである。跡は道路になっていたが明確にそれとわかる程度に残っており、跡をたどるのは易しかった。

その後、じいさんがなくなって遺品を整理していたら磐梯急行電鉄の株券がでてきた。これも何かの縁と思い、大切に保管することとしたのである。でもじいさんは損をしたんだろうな。

2000.4.15 作成

以下写真掲載

沼尻駅舎 沼尻附近の廃線跡より磐梯山を望む 酸川の橋台跡 名家附近の線路跡 川桁駅そばに残る信号機 株券