新しいいのち


妊娠第16週(5ヶ月)(1999.3.30)

数日前から、これが胎動かもしれないと思うことが何度か ありました。検診にいくと、助産婦さんから「赤ちゃんが 動くのを感じますか」と質問されましたが、自分でも はっきりとしないので、「まだよくわかりません」と 答えました。

今日は骨盤の大きさを計りました。診察台に横になって、 助産婦さんの指示に従ってあちらを向いたりこちらを 向いたり。巨大なペンチのような計測器をつかって助産婦さんが 「シャケイが○○センチ、ナイケイが○○センチ、…」と 数字を読み上げていきます。診察台の足下のほうでこの様子を みていた長男は、呆然と立ち尽くしていました。 母親がなにか(こわいこと)をされている、でもどうしていいのか わからない、といった恐怖の表情でした。計測が終わって そのことに気づいた助産婦さんが「びっくりした? ごめんなさい。ママのそばへ行っていっていいわよ。」 わたしのそばへ寄って手をつないでも、なかなか緊張が ほぐれない様子でした。

やれやれ今日も無事に終わったと安心しきって、家路も なかばを過ぎた頃、忘れ物に気づきました。妊娠中に プールに入るのに必要な証明書を担当の医師に書いてもらわないと いけないのに、そのことをすっかり忘れていました。といいますのは、 昨年8月から長男をベビースイミングに通わせていたのですが、 妊娠初期の間は休会していました。中期に入れば再開できますが、 妊娠中の母親が練習に付き添うためには、健康上問題がないという 医師の証明が必要なのです。検診のついでにと思っていたものを、 いただき損ねてしまいました。いまから引き返しても診察時間外だし、 もう疲れたので日を改めることにしました。

4月から再開するためにはどうしても今日でないとと思い、翌日(3/31) 雨の中、長男をつれてえっちらおっちらと愛児センターへ 出かけていきました。ところが受け付けて下さった助産婦さんの 表情が曇ります。何種類かの伝染病に罹患していない、という項目を 証明するのには、組織をとって培養する検査が必要で、それには 時間がかかるのだそうです。証明する内容まで読んでいなくて、 てっきり即日証明書を発行してもらえるものと思い込んでいたので、 ショック!ええ〜、じゃあ4月からプールを再開できないの?

医師の説明にはもっとショックを受けました。「”流産・早産の既往が ない”という項目にひっかかるので、この証明書にサインはできない」 といわれました。ふたごがお腹の中で死んでしまったので、妊娠が 5ヶ月で中断したという経験はあるけど、流産も早産もしていないと わたしは思っていました。「子宮内胎児死亡だから死産であって、 ”流れた”のとは違うのでは」と医師に問うと、「17週で胎児が 死ぬことを流産というのです」との答えが返ってきました。 長男の心身の健康のためにも自分自身のリフレッシュのためにも 楽しみにしていたプールに入れない残念さと、「流産」という用語の 定義に納得できない思いと、ふたごの死に対する悲しい気持ちとが ごちゃまぜになって、泣き出したくなりました。このような 激しい感情の動揺は本当に久しぶりでした。おそらく予想もして いたかった方向からボールが飛んできたので、ぶつかったショックが 大きかったのでしょう。涙が目からこぼれ落ちるのはかろうじて こらえることができましたが、鼻が真っ赤になっているのが 自分でもわかり、目もうるうる、まるっきり泣いた顔になっていたと 思います。その場をなんとか取り繕って、逃げるようにして病院を 出ました。まだ雨が降っていて、人通りもほとんどありませんでした。 ここならいいや、と思って傘をさしながら泣きました。

激情が去っていったあと、落着いて考えてみて、プールは退会する ことにしました。わたしがプールに入ることを禁止されるのは お腹の赤ちゃんに万が一のことが起きないようにするためです。 「証明書を発行して、何か問題があったときに病院に責任を 問われても困るから」という医師の言い方には、ちょっと腹が たちましたが、それも正論だと思いました。こうなってみて 改めて、自分がふたごのことを乗り越えていないがために お腹の子をないがしろにしていたことを思い知らされました。 きっと「赤ちゃんを大事にしてあげて」と天国から翔助と 俊助がメッセージをおくってくれたのでしょう。

妊娠第20週(6ヶ月)(1999.4.27)

体重がたいへんな勢いで増えてしまいました。長男のときに 同じ愛児センターで受診していたので事情がわかっているのですが、 一ヶ月に2kg以上増えるような場合は、助産婦さんから栄養の 「指導」をされて、毎日の食事の記録をつける宿題がでます。 「指導」をうけるのはいやだったので、検診の直前の3日くらいは、 夕食時のお米の量を減らして、食後から就寝まで時間をあけるように しました。

家で毎日、体重を計っていても、家の体重計は200g刻みのデジタル式、 病院のは針で重さを指すタイプのものであるため、病院で何キロと でるのか、はっきりとはわかりません。「指導にならないように、 指導にならないように」とどきどきしながら、病院の体重計に のりました。結局、1.5kg増に収まりました。あぁ、よかった。 愛児センターでは着衣のまま計測するので、軽い洋服を選んできた 甲斐がありました。この時期に半そで、短パンでは、ちょっと気が早い 感じだったのですが…。 今月はお友だちの結婚式があったし、食欲にまかせて食べてばかり いたので、胃が拡がっているかも知れないと反省。 体重を増やさないという意味だけでなく、必要な栄養をきちんと とるためにも、毎日の食事を見直そうと思います。 便秘対策として、ヤクルトの宅配もはじめることにしました。

妊娠第24週(7ヶ月)(1999.5.25)

ヤクルト(のビフィール)を飲みだして一週間ほどたった頃から わずかに便通が改善されてきました。けれども、妊娠前からもともと とても頑固なので、快調というほどでもありません。 試しに、ビフィールの他に、プレーンヨーグルトもたくさん 食べてみました。すると曲がりなりにも、毎日(のように) 出るようになりました。やった!食事も、あまりカロリーを とりすぎないように、白滝やこんにゃく、昆布やわかめ、 ごぼうなどを意識して食べてきました。ストレスたまっちゃうなぁ。 今月はがんばったから、着るものにまで気をつかわなくていいかな。

余裕しゃくしゃくで病院の体重計にのったら、な、な、なんと前回よりも 3kg増!えっ、どうして???

医師は診察のあと、「はい、とくに問題ないようですね。体重を除いては…」 とこわい顔。この体重には、わたし自身がびっくりしていて、もう パニック状態でした。われながらわがままだと思いつつも、 「先生、次回の検診までチャンスをください!”指導”だけは ご勘弁を〜」と頼みこまずにはいられませんでした。 だって、精一杯努力しているつもりなのに、ぶたを見るような目で 見られて「もうちょっとがんばらないとねぇ」なんて言われるの、 耐えられそうになかったのです。

原因は便秘対策のヨーグルト、それに「こんにゃく畑」だと思います。 ヨーグルトは100gくらい食べても効果がないので、500g入りの プレーンヨーグルトを一日に半分、時には全部食べていたのです。 おやつが欲しいなぁ、という時には、”便秘対策”を大義名分 として好きなだけ食べていました。どちらもカロリーを 考えないといけない(「こんにゃく畑」はとても甘いのです)と 思いつつも、便秘が改善されるならいいか、と逃げ道を 作っていました。

ヨーグルトで便秘を改善する作戦は変更することにしました。 今度は、食物繊維が豊富でカロリーが低いものをたくさん食べる ことで食欲を満たしつつ、便秘改善にもチャレンジです。 お医者さんに反抗してしまったので、次回はいい結果を ださなくちゃ。

妊娠第26週(7ヶ月半)(1999.6.7)

7ヶ月に入ってからは、2週間に一度の検診です。この2週間は、 家の体重計では体重の増加はありませんでした。 でも病院の体重計とのギャップがあるので安心はできません。 それに少しでも着るものを軽くしたいというのに、 今日は肌寒い雨天。雨の中、長男を連れての受診はしんどいということも あって、だんだん行きたくなくなってきました。すると夫が「戻ってくるまで 留守番するよ」と言ってくれました。研究に費やす時間が減ってしまうのが 申し訳なく辞退しようかとも思いましたが、同時にここで無理をして、 赤ちゃんに何かあってもいけないとも思い、留守を頼むことにしました。 目に見える形で思い遣ってくれて、とてもありがたく感じました。 短パンをはきたいところでしたが、冷えてもいけないので、 くるぶしまであるスパッツをはいて、えいっと出かけました。

体重は前回よりも1.5kgマイナスになっていました。家では 増減がないのになぁ。ま、いいかと一安心。次に血圧を計ると こんどは、血圧のほうが普段よりも30も高い値。なんだい、 わたしは自覚症状のない病気なのかい?看護婦さんが 「ヘンね」といいながら計り直してくださいました。 するといつも通りの数値。体重のことで、よほど緊張していた ようです。

診察台の上に横になると、助産婦さんが声をかけてきました。 「学生の実習ですみませんが、診させて下さい。」 初々しい看護学生さんがおずおずとおなかを触りました。そして 先輩の助産婦さんにむかって、遠慮がちに「こちら側が 背中で、頭が下になっています」と報告しました。 へぇ〜、看護婦さんは外から触って、胎児の身体の位置が わかるのか!と感心しました。思わず「そんなこと、 わかっちゃうんですか?すごいですね!」というと、 学生さんは、恥ずかしそうな笑顔を見せてくれました。 そのかわいらしかったこと。自分はただ寝転がっていただけ でしたが、何かいいことをしたような、とても清々しい気分に なりました。

それにしても、外から触って胎児の姿勢がわかるとは。 わたしたち妊婦はおなかの中の様子がわからないがために、 逆子だったらどうしよう、だとか、へその緒が巻き付いていない だろうか、などと、いろいろと不安でたまらないのに…。 (助産婦学校でなく、看護学校の)学生さんにできること だったら、胎児の位置の確認の仕方くらい、妊婦に 教えてくれてもいいのに、と思いました。

ふたごの胎児の死を乗り越えて新しい命を育む母親の、 心の軌跡を綴ろうと思ったのに、テーマが「体重との 格闘」になっていて、なんだか情けないな。愛児センターでは 中期に入ってから心音のチェックだけで、超音波の検査を しないせいもあるかもしれません。2週間後の8ヶ月の検診では 超音波を使って、性別を見てもらえるはずです。楽しみ!

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