わたしたちは産む



一絨毛膜一羊膜?
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ネット検索の日々
一ヶ月ぶりの検診


一絨毛膜一羊膜?

わたしたちのところへやってきたふたごは、一絨毛膜一羊膜 という珍しいタイプのふたごでした。ふたごのタイプは、卵性や羊膜の数 、胎盤の数などによって分類されます。 ふつうのふたごならば、胎児は、それぞれにひとつの羊膜の袋に くるまれていますが、一絨毛膜一羊膜では、ふたりがいっぺんに ひとつの袋に入ってしまっているような状態になります。ひとつの 胎盤からつながったふたりの胎児を隔てるものが何もないため、 ふたりのへその緒がからまるなどのリスクが高くなります。 (くわしくは 山梨医科大学ホームページ中の保健学II講座ー 日本双生児研究学会の 「卵性診断」をごらんください。)

正常分娩中心の愛児センターでは、このようなリスクが高く、場合に よっては新生児に集中治療室が必要となるようなケースは扱えないと いうことで、神奈川県こども医療センターを紹介されました。ここには 周産期センターがあって、集中治療室などの設備が整っています。


(これがこども医療センターでの初診のときの超音波の写真です。 ふたごのおかあさんはお手持ちの写真とくらべてみてください。 ふたりの間をへだてるものがなく、ふたりがぴったりと寄り添っています。 一絨毛膜一羊膜の危険がよくおわかりいただけるかと思います。)

わたしを担当してくださったH先生は、紙に図を書いたりしながら、 わたしの置かれた状況を丁寧に説明してくださいました。 膜がないためにへその緒がからまる危険のほか、双胎間輸血症候群に なる可能性や早産の可能性などがあると聞かされました。 (双胎間輸血症候群はふたごの胎児に流れる血液の量のアンバランスが生じ、 ひとりには血液が多すぎ、ひとりには足りなくなってしまう症状です。血液が 多すぎたほうの子は体が大きく、赤ら顔で生まれてくるそうです。 血液が少ないほうの子は体が小さく、青ざめているそうです。一般的な イメージとは違って、体の大きいほうの子に健康上の問題がでやすい そうです。以上は、無事に生まれたときの話であって、お腹のなかにいる ときに状態が悪化した場合、血液が多い子は心不全、少ない子は腎不全で 死亡にいたることがあるそうです。双胎間輸血症候群に関心のある 妊婦さんは、専門の医師から説明を受けてください。) ふたりとも健康で出生、ふたりに障害が持って出生、 ひとりが死亡しひとりが健康で出生、ひとりが死亡しひとりが障害を持って 出生、ふたりとも死亡といったケースが予想されました。

わたしのケースでは、外部からふたりを引き離したり、膜をつくったり、 どちらか一方を中絶したり(ふたりが胎盤を共有している場合、 一方の生命にかかわる異変で、他方も脳の障害などの悪影響をうけてしまうため) することはできませんでした。それで、重大な異変があったときにすぐに取りだせる ように、こまめに経過を観察することになりました。



わたしたちは産む

H先生は「恐い話ばかり聞かせてしまいましたが、それならやめる、というので ない限り、できることをやるだけです。がんばりましょう。」とおっしゃいました。 わたしはただ「はい、がんばります。」と答えました。”それならやめる”という 言葉の内容を理解するのには時間がかかりました。つまり中絶するということです。 あとからじんわりとわかってきて、そんな選択肢があったのかと驚きました。 なんということ!

中絶という選択肢を提示されてなお、わたしたち夫婦にとってはそれは選択肢では ありませんでした。運がよければ何の問題もなく生まれてくるいのちです。 身内の間では”障害児の親になる可能性”が心配されていました。(ハンディを 持つお子さんの親御さんにはたいへんつらい表現になってしまったことを おわびします。)でもわたしたちは、生まれ来る「いのちの”質”」を選別する ことはできないと考えました。まして、障害を持つことは可能性のひとつにすぎなかったのです。そんなことがいのちを断つ理由になるとは思えませんでした。

現代の医療技術では、出生前に遺伝子を診断することで、胎児が「深刻な」 障害を持っているかどうかがわかるそうです。その他にもがんをひき起こす 遺伝子なども解明されているそうです。そんなことを知ってしまったら、 親はどうしたらよいのでしょうか。病気などの「深刻さ」でその子を 産むか産まないかの判断を迫られます。仮に胎児がダウン症だと判明したために 中絶したとしましょう。その場合、ダウン症の子は生まれてくる権利が ないと判断したことになります。それでは、いま生きているダウン症のひとを 否定することになってしまうと思います。それに自分の何が偉くて 「いのちの”質”」を選別することができるのでしょう。自分自身が欠点だらけの 人間です。いのちは神様の領域です。もしも脳に障害が残るような形で ふたごがわたしたちのところに生まれてきてくれるのなら、それも わたしたちの喜びだと思いました。むしろそうであったほうが、 わたしの母としての人生がきらめくのではないかとまで、思っていました。

けれども、このように言っていられるのは、わたしたちのケースでは障害を 持つことが決定的ではなく、結果的には”障害児の親”にならなかった からです。わたしたちは重大な判断(つまり中絶するかどうか)を迫られる という苛酷な状況には置かれなかったのです。実際に「この子はダウン症だ。 どうしますか?」と聞かれていたら、わたしたちはどうしていただろうか という問いは、いまでも繰り返し心にわきあがります。現実にこのような 状況に置かれた方の心の痛みは、いかばかりかと思います。



ネット検索の日々

それからというもの、インターネットでの情報収集に明け暮れました。 ふたりが健康でうまれるケース、ふたりが障害をもってうまれるケース、 ひとりが死亡するケース、ふたりが死亡するケースはそれぞれ、どのくらいの 確率なのだろうとか、未熟児でうまれるとどんな感じだろうとか、 「障害」って具体的にどんなものだろうとか、知りたいことはたくさんありました。 残念ながら、医学的な統計みたいなものは見つけられませんでしたが (見つけたとしても、よめなかったでしょうが)、個人がつくったふたごに関する ホームページから、いろいろなことを知ることができました。

双子の育児奮闘記は、ふたごを未熟児で産んだおかあさんのホームページです。 未熟児のあかちゃんがふたりもいると、こんなことが起こるということが、 とてもわかりやすく書かれています。未熟児におこるいろいろな病気や、 夜間の授乳など、興味深いエピソードがいっぱいです。



一ヶ月ぶりの検診

二回目の検診は三週間後を予定していましたが、泰助が仮性クループで入院していた 関係で一週間おくれ、結局一ヶ月後になりました。体型がすらっとして背骨が点々としているのが見られたので、一ヶ月でずいぶんと成長したなと感じました。


これがそのときの写真です。これはふたりを別々に撮ったものです。 実際はひとりがもうひとりの上にのしかかり、まるでレスリングか何かの格闘技で おさえこみをするような格好になっていました。H先生は「うーん、ふたり仲良くというか、何というか。あんまりくっつかないでほしいんだけどね。」とさらりと おっしゃいました。おそらく相当感情をコントロールされたのでしょう。 ふたり同時にうつった超音波の映像は、わたしでも「これで大丈夫なの?」と 不安になるようなものでした。ずっとこのままでは、下にいる子は重くて苦しいし、 発育にも影響しそうに見えました。そうはいっても、この時点ではどうすることも できなかったので、二週間後の検診を予約して帰りました。

振り返ってみると、「これで大丈夫なの?」というわたしの直感は正しいものでした。それというのも、ふたりの生きた姿をみるのはこれが最後だったからです。 結局わたしの手元に残ったのは、このページに掲げた2枚の写真だけでした。




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