記憶の分子メカニズムを探る

とりあえず、思い付くままに書いてます。今のところイントロだけです。 も うちっと専門的な事は、こちらに英語で書いて あります。

I. 記憶とニューロン、シナプスの可塑性

1 記憶と可塑性

脳は身体のコントロールのほとんどを掌握してる。物を見たり聞いたり感じた りといった感覚および認識、そうやって得た情報を処理し次の行動を判断する こと、行動をコントロールすること、といった一連の流れは脳によるものであ る。生命を維持するような内蔵の動きなども脳で制御されている。さらに、脳 は、学習し、記憶することにより、環境に適応する能力ももっている。私の興 味は、この記憶の分子レベルのメカニズムである。

脳の働きは、細胞レベルでみると、どのようになってるのだろうか。脳の中に は、約1兆個ものニューロンと呼ばれる電気的な活動を行う細胞がある。ニュー ロンは、シナプスという特殊な構造を通して、お互いに連絡しあっており、ネッ トワークを構成している。このニューロンのネットワークの電気活動が、脳の 働きなのだと思われる。

さて、記憶は、脳の働きの中ではわかりやすい概念である。すでに世の中には テープレコーダ、コンピュータのハードドライブ、メモリなど人工の記憶媒体 というものはいくらでもある。例えば、ハードディスクは、磁性体で出来た板 の磁気の向きを帰ることによってよって記録する。磁性体のスピンの向きが一 度向きを変えるとその向きが残る性質を利用してるのである。このような、変 化可能でその変化を保っている性質を可塑性と呼ぶ。脳の記憶のメカニズムも 似たようなものだと考えれば、可塑性を有する何かをさがすことが記憶のメカ ニズムを知る手がかりになる。

最も、効率がよいと思われる記憶方法は、シナプスに可塑性を持たせることだ ろう。1つのニューロンには、シナプスが1000個ほどあるから、脳全体では、 シナプスは1000兆個にもなる。1つ1つのシナプスに1ビットの記憶をさせるこ とができえれば、100テラバイトくらいの容量となる。思ったよりも大したこ とないかもしれない。ハードディスクを並べて、脳と同じくらいの大きさにし ても、2004 年現在では1テラバイトくらいだが、あと数年で、脳を超えてしま うのは確かだろう。まあとにかく、ほとんどの人が、記憶はシナプスの可塑性 によるものだ、と思ってるわけである。しかし、最近では、ニューロン単位の 可塑性も重要なのではないか、と考えられて来ている。私が最近発見した、カ ルシウムチャンネルの制御も、ニューロン単位の可塑性である。おそらく、 ニューロンの可塑性が、シナプスの可塑性を制御する、という2重構造になっ てるというのが正しいのではないかと思っている。

2 シナプスの構造と働き

脳のほとんどのニューロンは、細胞体から、沢山のデンドライト(Dendrite)と、 1つのアクソン(Axon)が延びたような、非対称な構造になっている(図1)。 デンドライトは、電気情報を受け取るところ、アクソンは送り出すところであ る。アクソンは枝分かれして、他の沢山のニューロンのデンドライトと結合す る。アクソンの長さは、数メートルにも及ぶことがあり、情報はその間減衰し ない、活動電位とよばれる電気信号によって運ばれる。

図1:ニューロンの写真(左)と、デンドライトの部分の拡大(右)。右図に沢山 ある突起がスパイン。

デンドライトとアクソンの結合してる部分がシナプス(Synapse)である。ここ では、シナプスのアクソン側をプレシナプス(Presynapse)、デンドライト側を ポストシナプス(Postsynapse)と呼ぶ。アクソン上で、プレシナプスがあると ころは、膨れている。また、デンドライトのシナプスの部分は、マッシュルー ムのような形をした突起になってることが多い。この突起はスパインとよばれ る(図2)。 プレシナプスの部分に、活動電位がやってくると、グルタミン酸などのアミノ 酸またはポリペプチドがプレシナプスからリリースされる。放出された物質は、 ポストシナプスにある、リセプター型チャンネルが受け取り、これらのチャン ネルが開き、ポストシナプスに電位変化がおこる。

このポストシナプスの電位変化は、そのシナプスの履歴によって大きくなった り小さくなったりする。つまり、シナプスは、その履歴を記憶できるのである。 一般には、この現象をシナプス可塑性と呼び、脳が物事を記憶する細胞レベル でのメカニズムなのだと思われている。

3 シナプス可塑性とスパインの構造

ポストシナプスにあるスパインは、非常に興味深い構造である。スパインは球 が長い首みたいなものでつながったような形になっている(図1左)。この首は とても細いため、物が通りにくくなっている。電気的には、この首は、抵抗に なるわけではない。しかし、生化学的には重要な意味を持っている。この中に ある物質はその外のものと交換しないため、独立した化学反応を起こすことが できるのである。つまり、となりのスパインはとなりのスパインで別の反応が 起きていることになる。たとえば、カルシウムイオン。スパインの中に流入し たカルシウムイオンは、ほとんどスパインの膜から排出されてしまい、この首 を通ってデンドライトに出ていくことはない。

このように、化学反応が1つ1つのスパインで独立になってることの利点は何で あろうか。もし、シナプスの可塑性がタンパク質による化学反応の産物だと考 えると、化学反応を独立にすることによって、別のシナプスが別の"記憶"を持 つことができる、ということにある。もし隣り合うシナプス同士が、化学反応 をある程度共有してしまうと、シナプス1つあたりの情報が減ってしまうので ある。

4. スパインの中では何が起こってる?

では、どのような化学反応が、シナプスの可塑性をひき起こしてるのだろうか。 シナプス可塑性は、スパインへのカルシウムイオンの流入がトリガーとなる事 が知られている。カルシウムイオンによって活性化する数多くのタンパク質は、 他のタンパク質達を活性化する。そして、そこで活性化したタンパク質はさら に別のタンパク質を活性化する、という具合になだれのようにタンパク質の活 性化がおきる。最近では、シナプス可塑性に重要なタンパク質は、数10個以上 は見付かっており、それらが相互作用しあうため、全貌を理解するのは非常に 難しい状態になっている。このタンパク質分子の情報伝達(シグナリング)を理 解したい、というのが、私の研究テーマである。

5. タンパク質分子間シグナリングの不思議

多くの現象はカルシウム上昇によって始まる。シナプス結合の増強、減少や、 シナプスの生成消滅、デンドライトの生成消滅、細胞の生成消滅などは、カル シウムの上昇から始まる。おもしろいのは、正反対の細胞反応が同じカルシウ ム上昇によって、引き起こされることである。カルシウムは、拡散が早い分子 であるが、なぜカルシウムがこんなに多くの細胞の反応を引き起こせるのかは、 いまだになぞなのである。

カルシウムの濃度と、その濃度上昇の期間が1つの鍵になっている、というの は、おそらく間違えないであろう。例えば、普段、細胞内のカルシウムはだい たい0.1uMくらいに保たれているが、これが、1secだけ、10uM程度になると、 シナプス結合が増強することが知られている。反対に、1uMくらいの濃度上昇 で、数分間も続くと、シナプス結合が減少する。

さらに、マイクロドメイン仮説が脚光を浴びている。カルシウムは、ほとんど の場合、カルシウムチャンネルや、シナプスのリセプターを通じて膜外から流 れ込んでいる。流入口の近くでは、おそらくカルシウムの濃度は局所的に非常に 高くなる可能性がある。このような局所的なカルシウムによるシグナリングは、 どのチャンネルからカルシウムが流れ込んでくるかに依存することになる。

例えば、Hardingham等(2002)は、シナプス内部にあるNMDAリセプターと外部に あるNMDA リセプターでは、違うシグナリングを担っていることが明らかになっ ている。また、私達も、最近、大きな膜の電圧変化が伴うカルシウム変化のみ によって、引き起こされるシグナリングを発見した(Yasuda et al., 2003)。

その他にも、例えば私が最近研究している、RasやMap kinaseは、いろいろな 現象に関わって来る。もともとは、ガンを引き起こすタンパク質として発見さ れたのだが、その後記憶にも重要であることが明らかになった、という経緯か らもわかる。これらのタンパク質も、どこで、どのくらいの強さで、どれくら いの期間、活性かされるか、ということによって、その後の細胞反応が変わっ て来るものと思われる。

II. タンパク質相互作用を1シナプスレベルでみる

上で説明したように、タンパク質シグナリングを理解するためには、それぞれ のタンパク質の活性する、強さと期間、場所を定量する必要がある。しかし、 シナプスのような小さい部分の中で起こっている生化学的現象を定量する事は 難しい。私達が試している方法は、蛍光共鳴エネルギー移動(Fluorescence resonance energy transfer, FRET)を定量することである。

FRETは、2つの蛍光色素が数ナノメーターの距離にあるときに起こる。1つの蛍 光色素が励起されたときに、その励起エネルギーが双極子ー双極子相互作用に より、もう1つの色素に移動する。このため、エネルギーをもらった色素は、 発光することができる。このエネルギー移動の渡し手をドナー、受け手をアク セプターという。2つのタンパク質を、それぞれドナー、例えばGreen Fluorescence Protein (GFP)とアクセプター、例えばRed fluorescence Protein (RFP)で染色することによって、2つのタンパク質が結合しているかど うかを測定することができるのである。

原理は比較的シンプルであるが、世の中には、おどろくほど少ししか、この FRETを使った論文はない。FRETのシグナルの少なさは悪評高く、しかもアーティ ファクトが出やすいところにある。

例えば、もっとも簡単にFRETを測定する方法としてよく用いられるのが、ドナー だけを励起し、ドナーとアクセプターから出る蛍光の比をとる、というもので ある。しかし、この比から正確なFRET値を求めることは難しく、また、ドナー とアクセプターの濃度の比や、組織による散乱の波長依存性に依存してしまう。


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