定期検診の様子


妊娠初期

初診(12週):2002年11月7日
はじめてアメリカの産婦人科にかかりました。看護士さんに呼ばれて 診察室に入り、まずは問診。既往症や家族の病歴などを聞かれました。 こどもたちの小児科や歯科で同様の質問をされてきましたが、 質問される病気の名前や症状を表す言葉がいくらかわかるようになった ことに気づき、うれしくなりました。病気の名前はラテン語だか何語だか 知りませんが、とにかく気取った名前がついていてどれも難しいのです。 例えば肺炎は「ニューモウニア」と言います。わたしの英語力ではせいぜい lung disease(肺の病気)としか表現できず、たいていのアメリカの人は それでわかってくれますが、相手から言われた時に知らなければ何のことだか わかりませんし、pneumoniaと書かれたのを見てもどう発音していいのか わかりません。

16週:2002年12月5日

妊娠中期

20週:2003年1月2日
24週:2003年1月30日

血糖値の検査結果:2003年2月25日
産婦人科の看護士さんから留守電がはいっていました。 折り返し電話をかけてみると、妙に優しい看護士さんの声。「血糖値が ちょっとだけ正常値を越えているの、わかる?」「どんな値なんですか」 と聞くと、空腹時に74、1時間後が145とのこと。1時間後に139以下 が正常値だそうで、くわしく調べるために今度は3時間後まで1時間おきに 採血する検査を受けなくてはいけないと言われました。上の子たちが小さいから 今度は(お医者さんもうるさく体重制限!と言わないし)少々デブ気味でも 大きい赤ちゃんを産みたいと、日本にいたときほど食欲をがまんしませんでしたが、にわかに、わたしが病気にかかって、赤ちゃんの成長を妨げたり、 命の危険にさらしたりしてしまったのではと、恐ろしくなってしまいました。

28週:2003年3月1日
136.5lb(62.0kg)。やれやれ、上の子たちの出産時の体重をもう こえちゃっています。
日本の検診と違い、母子手帳がないために、子宮底長 や腹囲などの記録は 医師が記録に残すだけで本人には特に聞かない限り 知らされないので、数値の上で成長を確認することは できませんが、ともかく赤ちゃんは元気に育っている ようです。ドクター・トンプソンが手で触れてみた感触では、いまのところ 頭が下になっているようです。

妊娠後期

血糖値の検査(2回目):2003年3月5日
さあ、3時間がかりの血液検査を受けます。前夜の夕食のあと、 水以外は摂取してはいけないといわれています。通常なら 別に何も食べていない時間帯でも、絶食!といわれているだけで、 猛烈にひもじいような気がしてしまいます。こどもの登校の時間までは 家にいられないので、お弁当だけつくっておいて、あとは夫にお任せ。 外に出てみたら、あらら、雹が降っています。
7:30位に到着してまずまずのスタート。空腹時と糖分摂取後の 3回と、合計4回採血を担当してくれるのが、背の高い黒人の 男性。病気の疑いのもとで検査することに緊張している上に、この人が 仏頂面なのでびびってしまいます。2年間この地域に住んでみて 黒人の人と接するのに慣れたものの、言葉が聞き取りにくいのも 手伝って、まだちょっとこわく感じてしまうというのが正直なところです。 英語で「1時間後にまた採血するけれども、わたしが呼ばなくても 時間になったら自分からこの処置室にきてください」という指示をされる のですが、これが「ご自分でいらしてください」ではなく「自分から 来いよ」と命令されているように感じてしまうのです。文法的に何か 違うのか、分析できるほどに聞き取れないので、なぜだかよくわからない のですが。

はじめはこわかったこの看護士さんも、採血の回を重ねるにつれ、 とってもいいおじさんであることがわかってきました。「あんた、どっから きたの?」「日本から。」「へー、おれの弟が日本に住んだことあるよ。 あいつは仏教徒なんだ。」「本当!」「おれの国には仏教徒が多いんだ。 おれはもう5年もしたら国に帰るんだけど、その前におれも日本に いってみようと思うんだ。」「帰国するって?(ということは あなたはアメリカ人じゃないの?)」「おれはジャマイカ人なんだ。」 この段階で、外国人同士の共感みたいなものが生まれました。 その人にとって一番いいのは”自分の国”であって、アメリカではない、 というのは、アメリカ人には決してわからないことであるように思います。 自国を思う気持ちが通じ合っただけで、もうこのおじさんと友達に なったような気さえしました。

ところで3時間の検査の間、あとから血液検査を受けにくる人たちの 入室時の様子が変化してきます。ごくふつうの天気の話題として「この雪には 参っちゃったわ」という軽い程度から、「ちきしょう、今日はとんでも ねえ日だ!」という悪態にまで、だんだん調子が強くなるのです。 すぐやむと思っていた雹が雪にかわり、窓の外の景色は真っ白になって いました。それももう20センチくらい積もっています。看護士のおじさんは 最終回の採血の時に「自分で車を運転するのかい。あぶないからやめなよ。 ダンナに電話してむかえにきてもらいな。あんたに事故にあってもらいたく ないんだよ」とものすごく心配してくれました。

30週:2003年3月12日
137lb(62.2kg)。
看護士さんに気になる血糖値の検査結果を尋ねてみると、「あら、 まだ記録がファイルされてないわ。ちょっとまってて。」一旦出ていってから 戻ってきた彼女が「もう結果が出てたわ、ほらここ」というので「それで、 どうだったんですか」と聞くと、「ごめんなさい、私の口からは言えないの。 でもこの顔からguessして」とニーッと笑って去っていきました。チュー先生に よると、空腹時も1、2、3時間後も、全て正常の範囲内だったとのこと。 空腹時と1時間後の数値なんて、はじめの検査とかわらないみたいだけど、 どうして再検査しなくてはならなかったのかしら?

32週:2003年3月30日
140lb(63.6kg)。
先週の木曜日の予約が先生の都合でキャンセルになり、今日の受診に なりました。そのためか、いつにない混雑ぶり。はじめて1時間も 待たされました。待ち合い室で雑誌をぱらぱらとめくっていると、 お腹に乗せているバッグが揺れてしまうほどの激しい胎動。 ここのところ以前よりも胎動がおとなしくなっているように 感じていましたが、診察を待たずに元気なことが確認できました。 もしかして脂肪の層が厚すぎて感覚が鈍いだけかしら???

34週:2003年4月10日
140.5lb。
夫を産婦人科に連れていって、ドクター・チューとの初顔合わせ。 ちょっとは話をしたり、質問したりしてほしかったのに、 娘の相手をするばかりでぼーっとすわっていた夫。何しにきたのさ!
子宮底長を計測して(アメリカの標準よりも)やや小さめだということで、 念のために超音波で胎児の身体のサイズを計りたいとのことでした。 また帝王切開を受ける意志を確認して、病院と連絡をとってもらい、 わたしの都合と病院の都合の折り合う5月14日に手術を受けることが 決まりました。

34週:2003年4月16日
超音波の検査で胎児のサイズを計測するために来院。自分としては 赤ちゃんが小さいなんてことあるわけないとの確信がありましたので、 前の流産経験から神経過敏になっているへその緒の状態と、20週の 時点で判明していた性別に間違いがないかどうかの確認ができる ので気楽に検査を受けました。午後6:45と遅い時間からの検査 でしたので、家族総出でした。
「ほらー、メイコ(胎児名)ちゃんだよー!」なんていって 家族でご対面を楽しめると思っていたのに、期待はずれでした。 数カ月前に受けた超音波の検査ではモニターに赤ちゃんの身体の 多くの部分が映し出されたのに、今の時点ではほんの一部しか 映らず、思いのほか、こどもたちにとっては退屈な検査になって しまいました。長男が「つまんない、つまんない」の連発、 せっかく仕事を抜けてきた夫は、二人のこどもを静かにさせている ことに終始。検査が大体終わったところで検査技師さんが 「おにいちゃんたち、赤ちゃんの写真いる?」といって 赤ちゃんのお顔をアップにしてくれました。その画面で、技師さんと わたしは赤ちゃんがあくびをするように、ふあーっと口を開けた瞬間を 目撃! "Oh! Did you see that? She is so cute." "Yeah!"
「かわいいー!!!!!ねえ、ねえ、今の見た?」と家族のほうに 目を向けると、「え、何が?」と夫。こういう瞬間を共有したくて 来てもらっているのに。お父さんって、赤ちゃんが生まれて みないと自分に赤ちゃんができたことがあんまりわからないのだと 思うので、できるだけかかわる機会を増やして、わたしが感じる ことなどをわかってもらいたいと思っているのですが、なかなか うまくいかないようです。

36週:2003年4月21日
145lb。
今日はドクター・トンプソンと夫との初顔合わせ。 今日こそは夫に先生と会話してもらいたいと思い「何か 質問することがないか、考えておいてよ」と言うと、「きみは 何を質問するの?それを僕が聞くことにするよ」ですって。 結局「帝王切開のついでに、永久的に妊娠できなくなる 処置があるそうだけれども、概要を説明していただきたい」と わたしが質問しました。夫の質問は「その処置の問題点は 何ですか?」でした。
心音を確認したあと、夫と娘にはロビーへ出ていってもらって、 臨月にはいったということで内診を受けました。「少し 開いてきていますね」という言葉を期待していましたが、 残念ながら、「まだ閉っていますね」とのことでした。

37週:2003年5月2日
146lb。
ドクター・チューの健診。もうあと2回くるだけでもう 出産だなんて信じられない!と気分が高揚。 今日は何を調べるのかなとうきうきしていると、心音を きいただけ。「あともう1回来てもらって、そしたらもう あとは産むだけね」という言葉を残してドクターが去って しまったので、ちょっぴりがっかりでした。

38週:2003年5月9日
148lb。
もう産むだけだから体重なんか気にしないやい、と言いつつも、 体重測定に備えて、一番軽いマタニティを料理用の計りで計って 決めました。我ながらおばかさんね。また1キロ、ボンと増えちゃった けど、ま、いいや。
今日もあっさりとした診察かと思いきや、超音波と内診を しました。超音波でおなかの様子を観察しながら、ドクター・チューが 「赤ちゃん、あまり動かないわね。寝てるのかなー。」ささっと 器械を操作して心臓を確認する様子は、赤ちゃんの具合に異状を 感じているときのもの。以前の流産でお医者さんのこういう緊張した 表情を見ているので、わたしは極度の不安を感じました。 おなかのあちらこちらを突いて刺激を 与えるものの、赤ちゃんはぼーっとしています。再び心臓の動きを 確認。心臓がしっかりと動いているので生きているのはわかるのですが、 こんなにド突かれても赤ちゃんは寝たまんまです。「この子、何か 変なのでしょうか。ごくたまに力強くキックすることもあるのですが、 胎動を感じないので心配になっておなかを刺激しても、たいていの 場合、この通り全然動かないので不安に思うことがあるのです」と 尋ねると、「まあ、元気な赤ちゃんも大人しい赤ちゃんもいるから。 この子は大人しいほうなんでしょう」とのお返事。「2番目の子もおなかに いるときはこういう感じだったので、あまり心配しないようには しているのですが」というと「だったら大丈夫。お嬢さんには全く 何の問題もないじゃない。」
ともあれ、これが最後の健診、きらいな体重測定もこれで終わったと 安心していたら、「よかったら、出産の前日にもう一度来ない? 入院のこととか直前に確認したほうがいいから」とドクター・チュー。 やっぱり、何かひっかかることがあるからドクター・トンプソンにも 見てもらっておいたほうがいいって判断したのかしら、ともやもやした 気分。産婦人科のあと、賃貸アパートを探してもらっている不動産屋さんに 契約書にサインしに行きましたが、担当の女性がしつこく"How are you? Everything is good?"と尋ねてきます。ただの挨拶のつもりだろうと 思って "Good, good. Everything is good."とテキトーに返事をして いたら、"You look upset, today."といわれました。自分では笑って いるつもりなのに、どうも眉間にしわが寄っていたようで。 99パーセント、無事に元気な子が生まれるって信じているのですが、 ちゃんと赤ちゃんの顔を見てみるまでは安心はできません。 生まれてきた後もどんな病気をするか、どんな事故が起きるか わからないと、不安は続くのですが。

39週:2003年5月13日






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