東京地方裁判所民事第2部
平成13年12月4日判決言渡し
裁判官 市村陽典(裁判長),森英明,馬渡香津子
平成13年(行ウ)第120号 建築物除却命令等請求事件
原告 学校法人桐朋学園ほか51名
被告 東京都多摩西部建築指導事務所長ほか1名
第1 主文
1 別紙当事者目録第1及び第4の1記載の原告らの訴えに基づき,被告東京都多摩西部建築指導事務所長との間で,同被告が,別紙土地目録記載の土地上に建築中の別紙建築物目録記載の建築物について,建築基準法68条の2,国立市地区計画の区域内における建築物の制限に関する条例7条に違反する部分を是正するために,建築基準法9条1項に基づく是正命令権限を行使しないことが違法であることを確認する。
2 別紙当事者目録第1及び第4の1記載の原告らのその余の請求に係る訴え並びに別紙当事者目録第2,第3,第4の2及び第5記載の原告らの訴えをいずれも却下する。
3 訴訟費用のうち,別紙当事者目録第1及び第4の1記載の原告らと被告東京都多摩西部建築指導事務所長との間に生じた費用のうち2分の1を被告東京都多摩西部建築指導事務所長の負担とし,その余を同原告らの負担とし,別紙当事者目録第1及び第4の1記載の原告らと被告東京都建築主事との間に生じた費用は同原告らの負担とし,別紙当事者目録第2,第3,第4の2及び第5記載の原告らと被告らとの間に生じた費用は,同原告らの負担とする。
※注 別紙当事者目録第1の原告とは,原告学校法人桐朋学園
同目録第4の1記載の原告らとは,原告太田和夫,同山田悦夫,同杉山志津
第2 原告の求めた裁判(請求の趣旨)
1 被告東京都多摩西部建築指尊事務所長が,明和地所株式会社,三井建設株式会社及び村本建設株式会社に対して別紙土地目録記載の土地(以下「本件土地」という。)上に建築中の別紙建築物目録記載の建築物(以下「本件建物」という。)について,次の命令を発しないことが違法であることを確認する。
(1)本件土地上に建築中の本件建物について高さ20メートルを超える部分の建築を禁止する。
(2)本件土地上に建築中の本件建物について高さ20メートルを超える部分を除却せよ。
2 被告東京都多摩西部建築指導事務所長は,明和地所株式会社,三井建設株式会社及び村本建設株式会社に対して本件土地上に建築中の本件建物について,次の命令をせよ。
(1)本件土地上に建築中の本件建物について高さ20メートルを超える部分の建築を禁止する。
(2)本件土地上に建築中の本件建物について高さ20メートルを超える部分を除却せよ。
3 被告東京都建築主事は本件建物についての検査済証を交付してはならない(以下という。)。
※以下においては,請求の趣旨1の請求を「本件不作為違法確認請求」,同2の請求を「本件義務付け請求」,同3の請求を「本件予防的不作為請求」という。
第3 事案の概要及び争点
本件は,主に国立市の大学通りの周辺住民らで構成された原告らが,明和地所株式会社が国立市内の本件土地上に建設中の本件建物(高さ43.65メートル)が,建築物の高さを地盤面から20メートルに制限した建築基準法68条の2に基づく「国立市地区計画の区域内における建築物の制限に関する条例」(以下「本件建築条例」という。)に違反した違法建築物であるとして,これにより日照,景観等について被害を受けると主張し,被告東京都多摩西部建築指導事務所長に対し,本件建物の違法部分について,@被告東京都多摩西部建築指導事務所長との間で,同被告が建築基準法9条1項に基づく建築禁止命令及び除却命令を発しないという不作為が違法であることの確認(本件不作為違法確認請求),A同被告に対し,これらの各命令の発令(本件義務付け請求),B被告東京都建築主事に対し,本件建物について検査済証を交付してはならないという不作為(本件予防的不作為請求)を求めた,いわゆる無名抗告訴訟である。
本件の争点は,これらの訴えが無名抗告訴訟として許容される場合に当たるか否かであるが,被告らは,原告らが適法であるとする本件建物は,前記条例の高さ制限に関する改正規定が施行された際,本件建物の根切り工事(構造物の基礎あるいは地下部分を構築するために行う地盤の掘削の工事)が行われていたから,建築基準法3条2項の規定により,本件建物には上記改正規定の適用はなく,違法な建築物ではないと主張している。
第4 裁判所の主要な判断事項
1 無名抗告訴訟の許容性
@行政庁が当該行政権を行使すべきこと又はすべきでないことが一義的に明色であること(一義的明白性),A事前救済の緊急の必要性があること(緊急性),B他の適切な救済手段がないこと(補充性)の各要件が満たされる場合には,いわゆる無名抗告訴訟であっても,適法である。
2 本件建物の違法性の有無
建築基準法3条2項が適用を受ける前提である「条例の規定の施行の際,現に建築の工事中」であるといい得るためには,敷地において,計画された建築物の基礎又はこれを支える杭等の人工の構造物を設置する工事が開始され,外部から認識できる程度に継続して実施されていることを要すると解すべきであり,根切り工事に着手し,これが継続しているというだけでは,これに当たらない。
本件建物については,平成12年1月5日,本件土地に対する根切り工事が開始され,同月26日,山留H鋼の打設(周囲の土圧により,根切り工事による掘削杭が内側に膨張することを防止するために,山留め壁を補強する支柱を設置する工程)が開始されたこと,同年2月1日の時点(前記本件建築条例改正の施行時)では,根切工事の約16%が終了した段階であり,山留工事については約10%が終了した段階であったこと,同日時点では,基礎工事,杭工事はなされていなかったことがそれぞれ認められる。
したがって,本件建物は,建築基準法3条2項にいう「現に建築の工事中の建築物」に該当しないといわざるを得ず,本件建物に対しては,前記改正後の本件建築条例が適用されるというべきであるから,本件建物のうち地盤面からの高さ20メートルを超える部分は,本件建築条例,建築基準法68条の2に違反する違法建築物であるというほかない。
3 法律上保護された利益
(1)建築基準法は,建築物の高さ規制によって,建築物周辺住民の個別的利益として日照を保護している。
(2)また,本件建築条例は,単に,一般抽象的な意味における景観の維持・保全を図ろうとしたものではなく,歴史的に既に存在している大学通という特定の景観(高さ20メートルの美しい並木通りの景観)を維持・保全するという具体的な目的を実現するために,強制力のない景観条例によっては実効的に景観を維持するという行政目的を達成できないことから,是正命令という行政目的を実現する規定のある建築基準法に基づく規制として,建築物の高さを具体的に制限したものである。したがって,本件高さ規制によって,国立市民が享受することができるようになった景観の利益は,抽象的,主観的,一般的なものではなく,並木通りの高さである20メートルを超えない高さの建築物で構成される景観という,客観的な基準によって,その美しさの維持が法的に図られた大学通りという特定の景観を享受する具体的,客観的利益であるということができる。
本件地区のうち高さ制限地区の地権者は,法令等の定め記載のとおり,本件建築条例及び本件地区計画により,それぞれの区分地区ごとに10メートル又は20メートル以上の建築物を建てることができなくなるという規制を受けているところ,これら本件高さ制限地区の地権者は,大学通りの景観を構成する空間の利用者であり,このような景観に関して,上記の高さ規制を守り,自らの財産権制限を受忍することによって,前記のような大学通りの具体的な景観に対する利益を享受するという互換的利害関係を有していること,一人でも規制に反する者がいると,景観は客易に破壊されてしまうために,規制を受ける者が景観を維持する意欲を失い,景観破壊が促進される結果を生じ易く,規制を受ける者の景観に射する利益を十分に保護しなければ,景観の維持という公益目的の達成自体が困難になるというべきであることなどを考慮すると,本件建築条例及び建築基準法68条の2は,大学通りという特定の景観の維持を図るという公益目的を実現するとともに,本件建築条例によって直接規制を受ける対象者である高さ制限地区地権者の,前記のような内容の大学通りという特定の景観を享受する利益については,個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解すべきである。
そして,本件高さ制限地区地権者の景観の利益は,街並みの高さを20メートルにするという客観的数値によって,保護の対象となる利益の範囲及び内容の外延が明確である。
そうすると,本件高さ制限地区の地権者の大学通りの景観に対する利益は,本件建築条例及び建築基準法によって保護された法律上の利益に該当すると解するのが相当である。
他方,本件高さ制限地区の地権者以外の者についての景観に対する利点は,本件建築条例及び建築基準法68条の2が目的とする大学通りの景覿を維持,保全するという公益目的の反射的利益にすぎず,建築基準法によって保護された法律上の利益には該当しないと解すべきである。
(3)原告らが主張する環境,プライバシーの保護等のその他の利益は,法律上保護された利益であるとは認められない。
4 明和地所に生じる不利益
本件建物の敷地である本件土地は,美しい景観を有し,国立市民により大切に維持されてきたことが一般にも周知されている大学通りに面していること,明和地所は,本件建物の建築計画の段階である平成11年10月8日,国立市長から,景観条例に基づいて,本件建物の建築計画を高さ20メートルの並木に調和するように指導を受けていること,本件建物の敷地を含む本件地区において建築物の高さを20メートルに制限する旨の本件地区計画が,本件建物の建築確認申請を提出する前の段階である平成11年11月24日には公告,縦覧に供され,明和地所においても,当然その内容を認識し得る状況にあったこと,本件建物の建築確認申請提出後,建築確認通知を受ける前の段階である平成11年12月24日,改正前の本件建築条例が公布され,本件地区計画が決定,告示された平成12年1月24日以後には,本件建物が本件地区計画に反しており,本件地区計画にかかる高さ制限が,条例改正によって建築基準法に基づく規制となもことが客観的に予想される状況にあったことなどに照らすと,明和地所は,相当早い段階から,本件土地については,高さ20メートルを超える建物が建築できなくなることを認識していたと認められ,少なくとも本件建物の建築確認を受ける直前の段階においては,極めて近い将来に,建築基準法上,本件建物の敷地に建築できる建築物の高さが20メートル以下に制限されるであろうことを十分認識した上で,本件建物の建築工事に着工したという事情が認められる。
また,本件の原告らの一部を含む周辺住民等から,明和地所に対し,本件建物の建築工事禁止を求める仮処分が申し立てられ,その審理の中で,建築基準法3条2項の解釈について,被告らと異なる解釈のあり得ることも主張されたことにより,明和地所は,その審理の結果,裁判所から本件建物に本件建築条例が適用されるという解釈を示される可能性を認識していたと認められるにもかかわらず,その審理結果を待つことなく本件建物の建築続行し,未だ建物の躯体工事が完成する以前の段階である平成12年12月22日,東京高裁決定により,本件建物に対しては本件建築条例が適用されるという解釈が示され,本件建物が違法建築物として除却され得る可能性を一層強く認識し得た状況下において,さらにその建築を続行して現在に至っているという事情が認められる。
そうすると,明和地所は,将来,本件建物が違法建築物と判断され,是正命令によって違法部分の除却をしなければならない事態に至ることがあり得ることをも認識し,その場合に自らが受ける危険や不利益についても十分に承知しながら,あえて,本件建物の建築を停止することなく,本件建物の違法部分の建築を続行していたと認めることができる。このような場合において,是正命令権限行使の判断の際に,建築主の不利益を過度に考慮するとすれば,客観的には違法であるにもかかわらず,建築主側が作出した既成事実や駆け込み着工を安易に追認する結果となり,法の公正かつ公平な適用を害することになるというべきである。
以上のような事情の下においては,本件違法部分の除却によって生じる不利益を明和地所に受忍させることが相当でないと認められるような特段の事情は存しないというべきである。
5 是正命令を発すべきことの一義的明白性の有無
@本件建物は,地盤面からの高さ20メートルを超える部分について,本件建築条例,建築基準準68条の2に明確に違反する違法建築物であり,その違反の程度は著しいこと,A本件建物の違反部分により本件建築条例,建築基準法68条の2の規制にょって達成しようとした景観と都市環境の維持という行政目的は大きく阻害されていること,B近隣住民の受ける被害にあっては,日頂については,それほど重大な被害が生じているとは認められないものの,本件高さ制限地区内の地権者の景観に対する利益については重大な被害を生じさせていること,C建築主である明和地所に発生することが予想される不利益は,本件建物が違法建築物であることによって生じる不利益であって,これを考慮す.べき特段の事情は存しないこと,D明和地所による自発的な違反解消の見込みは全くないこと,E是正命令以外の手段による違反解消の見込みもないことなどの事情が認められ,このような具体的事情の下では,被告建築指導事務所長が建築基準法9条1項に基づく是正命令権限を全く行使しないことは,裁量権の逸脱に当たり違法というべきであり,同被告において前記の違反状態を解消するために上記是正命令権限を行使すべきことは一義的に明白な義務というべきである。
そして,被告東京都建築事務所長に対し,本件各是正命令を発令することを求める本件義務付け請求に係る訴えは,無名抗告訴訟の一義的明白他の要件を欠くといわざるを得ないが,同被告に対し,本件各是正命令を発令しないことが違法であることの確認を求める本件不作為請求に係る訴えには,同被告が建築基準法9条1項に基づく是正命令権限を行使しないことが違法であることの確認を求める請求も含まれていると解されることから,本件不作為請求に係る訴えのうち,上記請求部分に限っては,無名抗告訴訟としての一義的明白性の要件を満たしているというべきである。
しかし,是正命令を発するためには,原則として,是正命令の相手方に対する告知,聴聞の機会を付与するなどの手続を経て行うことが法律上要求されていること(建築基準法9条),建築主側に対して必要最小限以上の不利益を生じさせないよう配慮する必要があること,本件違反を是正するためには,建築禁止命令や除却命令など違反解消に最も効果的な権限を行使すべきであるということはできるものの,そのために,どの範囲の者に対し,どのような種類の命令を発するべきかという点についてまでは一義的に明白とまではいえないことなどに鑑みると,是正命令権限の行使の方法及び杓容として,いつ,どの範囲の者に対し,どのような手続を経て,いかなる是正命令を発すべきかの点については,なお,被告建築指導事務所長の裁量の範囲内にあるものというべきである
以上によれば,別紙当事者目録第1及び第4の1記載の原告らについては,本件義務付け請求及び本件不作為違法確認請求に係る訴えのうち,被告建築指導事務所長が,本件建物について,建築基準法68条の2,本件建築条例7条に違反する部分を是正するために,是正命令権限を行使しないことが違法であることの確認を求める部分に限り,明白性,緊急性,補充性の各要件を満たし,原告適格も肯定できるから,適法な訴えであり,その請求には理由があると認められるが,同原告らのその余の訴え及び同原告らを除くその他の原告らの訴えについては,いずれも不適法であるというべきである。
6 緊急性の要件,補充性の要件
緊急性の要件,補充性の要件の充足は,いずれもこれを肯定できる。
7 検査済証の交付についての本件予防的不作為請求
検査済証が交付されて本件建物が使用されるようになると,原告らが主張する損害のうち,プライバシー侵害や交通事故の危険性増大などの可能性が生じる関係にはあるが,これらの損害は,前述のとおり,建築基準法によって保護された利益に係る損害とはいえない。そうすると,これらの損害を理由に,原告らに本件検査済証の不交付を求める法律上の利益はないというほかない。
また,日照や景観などの建築基準法によって保護された利為に係る損害は,本件建物が使用されることによって生じる損害ではなく,本件建物が存在することそのものによる損害であるから,これらの損害は,検査済証交付処分によって生じる損害ということもできない。
したがって,原告らには,検査済証を交付してはならないとの不作為を求める法律上の利益はないというべきであり,本件予防的不作為請求に係る訴えは不適法である。