[街づくり工作員]

旬な話題「都市計画家」とは

件名 : [kosakuin:01815] 雑誌東京人の「建築家と東京」/石井 晴美
件名 : [kosakuin:01816] Re: 雑誌東京人の「建築家と東京」/鈴木繁康
件名 : [kosakuin:01817] Re:雑誌東京人の「建築家と東京」/岩井篤
件名 : [kosakuin:01818] Re:雑誌東京人の「建築家と東京」/真田年幸
件名 : [kosakuin:01819] Re:雑誌東京人の「建築家と東京」/鈴木繁康
件名 : [kosakuin:01823] 都市計画家?都市計画屋?真田さんへ/岩井篤
件名 : [kosakuin:01824] 都市計画まちづくり/石井 晴美
件名 : [kosakuin:01825] Re: 都市計画家?都市計画屋?/真田年幸
件名 : [kosakuin:01826] Re: 都市計画まちづくり/真田年幸
件名 : [kosakuin:01827] 都市計画まちづくり/岩井篤
件名 : [kosakuin:01829] Re: 雑誌東京人の「建築家と東京」/鈴木繁康
件名 : [kosakuin:01830] 再掲:「私達の都市計画の話」石川栄耀
件名 : [kosakuin:01831] Re: 再掲:「私達の都市計画の話」/真田年幸
件名 : [kosakuin:01832] Re: 都市計画まちづくり/石井 晴美
件名 : [kosakuin:01833] Re: 雑誌東京人の「建築家と東京」/阿部成治
件名 : [kosakuin:01834] Re: 雑誌東京人の「建築家と東京」/岩井篤
件名 : [kosakuin:01837] Re: 雑誌東京人の「建築家と東京」/鈴木繁康
件名 : [kosakuin:01838] Re: 雑誌東京人の「建築家と東京」/岩井篤
件名 : [kosakuin:01839] Re: 雑誌東京人の「建築家と東京」/鈴木繁康


差出人 : Ishii Haruyoshi
送信日時 : 2003年 3月 5日 水曜日 9:54 PM
件名 : [kosakuin:01815] 雑誌東京人の「建築家と東京」

石井@杉並&多摩です。
久しぶりに投稿します。

雑誌東京人4月号は「建築家と東京」が特集です。

私はかねてから、都市計画・まちづくりや都市景観と建築家の責任という問題に関心を持っていました。

また、最近雨後の筍の如く出現しつつある都心部の超構想ビル群に違和感を覚えながらも、その概要を知りたいとも思いましたので、買ってみました。

この特集では「建築家」とは特定の建築物を設計する人(設計者?デザイナー?アーティスト?)ということで、過去・現在・未来(?)の個別建築物+設計者ということで著名な建築家と建築物を紹介しています。

また、建築家の責任というテーマで槇文彦×松葉一清の対談もあり、安藤忠雄が語る神宮前プロジェクトもあります。

まだ、内容は読んでいないのですが、21世紀の東京を語るには、まちづくり的なことだけ考えていては不十分で、このように突出した部分をも知る必要があると思っています。

****************************************
石井 晴美 / Ishii Haruyoshi * 杉並&多摩 *
URL < http://www007.upp.so-net.ne.jp/metaseko/


差出人 : Suzuki Shigeyasu
送信日時 : 2003年 3月 5日 水曜日 11:01 PM
件名 : [kosakuin:01816] Re: 雑誌東京人の「建築家と東京」

石井 晴美 さん、こんにちは、鈴木繁康です。、
あっという間に3月、寒風の中、西新宿の梅も満開。桜ももうすぐ。とはいいながら、私は風邪が長引いてちょっと憂鬱な毎日をすごしています。

3月、年度末、ということで、予定表もみるみるうちに埋まってしまいました。目下の課題は、天空率による高さ制限のマニュアル作りと性能規定の見直し関係です。

「天空率」と「性能規定」。なんのことだろうと思っている人も多いことでしょうが、建築の世界ではヒジョーに重要な話です。詳細はそのうちに。

◆さて、石井さんご紹介の『東京人4月号の特集「建築家と東京」』。 

> まだ、内容は読んでいないのですが、21世紀の東京を語るには、まちづくり的なことだけ考えていては不十分で、このように突出した部分をも知る必要があると思っています。 

「建築家と東京」といえば今都議会で審議されている東京都の「しゃれた街並づくり条例(しゃれまち条例)」。

民間の再開発事業などを後押しするためのさまざまな手法を盛り込んだ条例です。内容は面白いものではありません。

当初は「まちづくり推進条例」だったのですが、知事のひとことで「しゃれまち条例」に。するとなんとなく面白そうな条例に変身。

包装紙を変えただけで、なんとなく「しゃれた条例」に思えてくる。パッケージ効果とでもいうのでしょう。他の自治体の関心も高くなったようです。

◆この条例案にまちづくりコーディネーター制度があります。これもなんとなく「しゃれた制度」に思えてくるのだから不思議。

コーディネーターとなる建築家の活躍を楽しみになる。そこで、私もたまには建築家について真面目に考えてみようかな、という気分になりました。 


差出人 : Iwai Atsushi
送信日時 : 2003年 3月 6日 木曜日 10:04 PM
件名 : [kosakuin:01817] Re:雑誌東京人の「建築家と東京」

こんばんは、岩井です。

今週末は、岡田さんの地域風景資産を語る世田谷グランカフェーに参加してみようと思っています。

建築家の話が出ているようですが、私としては都市計画家という人種の人たちについても研究してみたいと思います。

建築家と都市計画家はどう違うのでしょうか。建築家の対象は単体で、都市計画家の対象は面的なものということから始まるのでしょうか。

建築家には流派があるようですが、都市計画家にも流派があるのでしょうか。

都市計画家のノーベル賞みたいなものはあるのでしょうか。まったくの素人なので鈴木さんに教えてもらいたいと思います。


差出人 : sanada
送信日時 : 2003年 3月 7日 金曜日 1:09 AM
件名 : [kosakuin:01818] Re:雑誌東京人の「建築家

岩井さんの疑問「建築家と都市計画家の違い」について
こんばんは最近メンバーになった真田です。

建築設計、都市計画両方に携わってきた一人として、岩井さんの疑問には興味をそそられます。「街づくり工作員」でこれまでこのような話題になったことはないのでしょうか。先ずは一般的なことから思い付くままちょっと書いてみました。

最近読んだ以下のサイトも少し参考になるかも。

http://www.nttdata.co.jp/rd/riss/ndf/1999/05/debate_01.html

「現代の都市計画家は誰に向かって都市を計画しているのですか。 」
「公共投資のアリバイづくりなんじゃないですか。」抜粋より

> 建築家と都市計画家はどう違うのでしょうか

●そもそも厳密には「都市計画家」という職種は日本において存在するか?

●建築士はあるけど、都市計画士という資格はない

●類似資格には技術士や再開発プランナーとか

●建築家協会と同様に都市計画家協会、建築学会と同様に都市計画学会はあるが

●建築家が都市計画家を併記して自らを述べる場合は多いが、都市計画から始まった人で建築家を名のる人はあまり聞かない

●行政の中にこそ、都市計画家はいて然り

●海外では、アーバンデザイナーとかプランナー?デザインする人と計画する人。分けると解り易い。

●海外から入っただろうランドスケープアーキテクトも都市計画家の仲間?

●建築士とは言えるが、建築家とは中々言えないように、都市計画家もそうそういない

●都市計画って行政との関わりが強いので、大御所じゃないと“家”とは言えない

 

> 建築家の対象は単体で、都市計画家の対象は面的なものということから始まるのでしょうか。

●先ずは分かりやすい。大きさ的には確実に都市計画の方が建築を包括するはず。 

●ただし都市計画業務の範疇はかなり広い ー この説明が難しい

 計画、デザイン、事業収支、マーケット、交通解析、産業論、経済論、云々......。

●都市計画業務と言っても一口に言えない。多岐に職種が分かれる。

 

> 都市計画家にも流派があるのでしょうか。

●誰々先生の門下ということであれば、建築家と同じ?

●アトリエ派建築家はいますが、アトリエ派の都市計画家はいない?

●高名な都市計画家は?と聞かれて、個人的にすぐ思いつくのはブラジリアを計画したルシオ・コスタ氏ですが、それはそこの建築群を設計したニーマイヤー氏が対局にいたからで、インドのシャンディガールを設計したコルビジェは都市計画家と言うよりも建築家で有名

●どちらかと言えば高名な建築家が都市計画家を兼ねて表記することが多い

> 都市計画家のノーベル賞みたいなものはあるのでしょうか。

●ノーベル賞は大袈裟だが、日本で言えば例えば石川賞とか?

以上思い付くままでした。

さなだ/


差出人 : Suzuki Shigeyasu
送信日時 : 2003年 3月 7日 金曜日 1:59 AM
件名 : [kosakuin:01819] Re: 雑誌東京人の「建築家

岩井さん、真田さん、こんにちは、鈴木繁康です。 

今夜は帰りが遅かったので返事は明日にしようと思っていたら、真田さんのメールが。
ということで、一言だけ。

建築家と都市計画家の違いは何か。都市計画家は、専門は専門が建築でも経済でも何でもいいのですが、道路、公園、河川などを計画する人、計画できる人ということになるのでしょう。

日本に都市計画家がいるのか?畏れ多くもこのメーリングリストのアドバイザーには、多数の都市計画家がいらっしゃるわけで・・・、つまり「いる」のです。

ただ、東京都なり横浜市なりの公式行事で、(ヒットラーの側にいつも都市計画家シュペアがいたように)知事や市長の隣に都市計画家がいるのかというと、まずそういうことはないわけです。

そうなると権力を背景にしない都市計画家とは何か、という疑問にぶちあたらないわけでもありません。

もう一歩話をすすめると、都市計画は誰が決めるのかという問題に行き当たります。市民だと思えば市民の意向を背景にした都市計画家というものも存在することになります。

いや、都市計画は政治権力が決めるのだということになれば、伊藤滋さんのように政治家と財界の間をうまくとりもち、かつ世論を醸成する手腕に長けた人が現代の都市計画家である、ともいえるのでしょう。 

◆なんて差し障りのないことを言っていてもラチがあきません。なぜラチがあかないのかというと、ここでは「都市計画って何?」が明確にされていないからです。

以前「街づくり工作員」で話題になった「都市計画」と「まちづくり」とでは何が違うのか?という疑問が解明されていない、あるいは明確に定義されてい、または明確に認識されていないからなのでしょう。

ではまた明日、いや明日も遅くなるので明後日ということで、おやすみなさい。


差出人 : Iwai Atsushi
送信日時 : 2003年 3月 7日 金曜日 11:10 PM
件名 : [kosakuin:01823] 都市計画家?都市計画屋?真田さんへ

大変貴重なご意見を頂き感謝します。

NTTデータのフォーラムの議論をチラッと見ましたが、問題意識は実に高いのに、いっていることが質が低くて悲しくなります。

皇帝がいないと都市をトータルにイメージできないというのは敗北主義でしかないのではないでしょうか。今はやりの住民参加のまちづくりとかの動きを見れば都市を如何に作るかという努力を一人だけの意思に委ねてしまうのはいかがなものでしょうか。

また、都市は誰かの意思が及ばない、それを超えたところにあるというのも、現実の理解としてはいえるでしょうが、もっと前向きに都市を捉えようとしてほしいと思います。

というわけで、まだまだ疑問が残りますし、追求すべきことはたくさんあるようです。

ところで、先日世田谷区の緑被率が20.45%であり、年々低下しているとのことです。国際比較でもしてみたらどんなに低いか驚きかつ悲憤慷慨!データがあれば教えてください。

本当の意味の都市計画家がいなくて、都市計画屋が牛耳っていたからなのかもしれないと言うとまた叱られるでしょうか。

鈴木さんは言っていました。

> そうなると権力を背景にしない都市計画家とは何か、という疑問にぶちあたらないわけでもありません。
もう一歩話をすすめると、都市計画は誰が決めるのかという問題に行き当たります。
市民だと思えば市民の意向を背景にした都市計画家というものも存在することになります。

前に一度書いたかもしれませんが、都市計画を作る権利=都市計画権という概念があるが、この権利は本来誰が持っているのか?行政マンではなくて、そこに住んでいる住民だという学説があった筈です。住民から信託を受けて都市計画を策定する専門家が都市計画家ということでしょうか。住民の意向を反映できていない人は都市計画屋ということになるのでしょうか。

更に言うと、そういう都市計画家には絶対的権力を付与しないといけないということも言えるのではないでしょうか。

岩井より。


差出人 : Ishii Haruyoshi
送信日時 : 2003年 3月 8日 土曜日 0:13 AM
件名 : [kosakuin:01824] 都市計画まちづくり

「都市計画まちづくり」と続けて表現していた石井です。

都市計画とまちづくりを対立概念として使ったりしていた傾向に対して、技術なり制度としての都市計画と人の住む街を作るまちづくりとはこれを統合することが必要ではないか、というのが私のかねてからの主張でした。

それを担うべきのは誰かについては、改めて論じるとして、

> 前に一度書いたかもしれませんが、都市計画を作る権利=都市計画権という概念があるが、この権利は本来誰が持っているのか?行政マンではなくて、そこに住んでいる住民だという学説があった筈です。

このことなんですが、本来なら「都市は計画的に作られるべきもの」だというのが都市計画の概念の始めと仮定すると、そこには未だに住民は存在しないことになります。 従って学説として住民都市計画権説は成立たないことになります。

論理としてはそういうことで、ニュータウン或いは昔の城下町の縄張りを想定して下さい。

現実は人が集り住んでしまって混乱してきたから整理しなきゃならんと云うことで、都市計画を後追いで掛けるから、住民権利説が出てくるんですね。 ここんところをきちんと踏まえていないと議論がすれ違いますので、良く考えて下さい。

都市計画というのは進行管理技術なんですね。 そうすると先住族と未来の住民のどちらの権利を重視するかという問題になります。マンション紛争はそのシンボル的な現象です。

そうすると、やや強引に結論を言えば、行政なり専門家なりに計画は付託せざるを得ないことになってしまいます。それが、ちゃんとやれたかどうかは、歴史的に評価されることになります。 

多摩ニュータウンは正に歴史的な評価にさらされつつある計画の代表例ですね。私自身、建設初期に関わっていましたが、その評価検証にも立会ってみたいと多摩ニュータウン学会に入っているのですが。


差出人 : sanada
送信日時 : 2003年 3月 8日 土曜日 0:22 AM
件名 : [kosakuin:01825] Re: 都市計画家?都市計画屋?

岩井さま

こちらこそありがとうございます。

> NTTデータのフォーラムの議論をチラッと見ましたが、問題意識は実に高いのに、いっていることが質が低くて悲しくなります。

異なる分野の人が読むとそうなるのですね。私なんか偉い人が言っていると思うとフンフンと読んでしまいました。再度読み返して見ます。

> 皇帝がいないと都市をトータルにイメージできないというのは敗北主義でしかないのではないでしょうか。

そうだ、そこですね。敗北主義というほどかっこのよいものでもありませんが、専門家としてやってきた彼等(自分も含め)は、十分なことのできないジレンマと専門家としての驕りがそう思わせるのではないでしょうか。私も時々、見るに見れない建物や開発を目の当たりにすると戦車で壊したくなります。自分は何様なのか?

> 今はやりの住民参加のまちづくりとかの動きを見れば都市を如何に作るかという努力を一人だけの意思に委ねてしまうのはいかがなものでしょうか。

そうなんですが、強いリーダーシップは必要だと私は思います。そして都市に求めるものをどこに置くかによるのではないかと思います。

> また、都市は誰かの意思が及ばない、それを超えたところにあるというのも、現実の理解としてはいえるでしょうが、もっと前向きに都市を捉えようとしてほしいと思います。

そういう意味で都市を楽しみたいですね。

> というわけで、まだまだ疑問が残りますし、追求すべきことはたくさんあるようです。

本当に!

さなだ


差出人 : sanada
送信日時 : 2003年 3月 8日 土曜日 1:14 AM
件名 : [kosakuin:01826] Re: 都市計画まちづくり

石井さんの「都市計画まちづくり」へ

> 本来なら「都市は計画的に作られるべきもの」だというのが都市計画の概念の始めと仮定すると、そこには未だに住民は存在しないことになります。

> 従って学説として住民都市計画権説は成立たないことになります。論理としてはそういうことで、ニュータウン或いは昔の城下町の縄張りを想定して下さい。

> 現実は人が集り住んでしまって混乱してきたから整理しなきゃならんと云うことで、都市計画を後追いで掛けるから、住民権利説が出てくるんですね。 ここんところをきちんと踏まえていないと議論がすれ違いますので、良く考えて下さい。

> やや強引に結論を言えば、行政なり専門家なりに計画は付託せざるを得ないことになってしまいます。

違う時代というか、違う選択肢がある時代になる気がします

住みたい人が集まって作るコーポラティブハウスや助け合って生活するために最初から計画するコレクティブハウスは新しい動きですよね。勿論専門家は入りますが、かなりの部分の計画権はまだ住民ではないけど、予定住民が持つことができます。その新しい居住形態が、あるエリア、街、さらに小さな都市に広がる時代はすぐそこまできているのではないでしょうか。勿論「都市」の規模をどのくらいに規定するかにもよりますが。

またSI住宅ではないですけれど、都市のスケルトンの部分を計画者が、インフィルの部分を居住者がという計画論もあり得るのでは?

都市公団が郊外でコーポラティブタウンという試みをしてませんでしたっけ?

また都市計画かどうかは別にして、南欧の山岳都市や中東の奇妙な詠み人知らずの街は、住民が計画したというか風土に合わせて作ったものですよね。

大都市でなければ、そのような街がまた出てくることを期待したいですね。

> それが、ちゃんとやれたかどうかは、歴史的に評価されることになります。多摩ニュータウンは正に歴史的な評価にさらされつつある計画の代表例ですね。

> 私自身、建設初期に関わっていましたが、その評価検証にも立会ってみたいと多摩ニュータウン学会に入っているのですが。

方法論が変わらない限り、その評価検証は結局は計画者のためで、またその反省を経て計画者が計画をするのでしょ?

さなだ


差出人 : Iwai Atsushi
送信日時 : 2003年 3月 8日 土曜日 1:09 PM
件名 : [kosakuin:01827] 都市計画まちづくり

石井さん貴重なご意見を有り難うございます。

> 都市計画とまちづくりを対立概念として使ったりしていた傾向に対して、技術なり制度としての都市計画と人の住む街を作るまちづくりとはこれを統合することが必要ではないか、というのが私のかねてからの主張でした。

おっしゃる通りだと思います。住民が自分たちの住む又は住んでいるまちを良いものにする、「まちづくり」をするために必要な技術として都市計画があるのだと思うわけです。

> > 前に一度書いたかもしれませんが、都市計画を作る権利=都市計画権という概念があるが、この権利は本来誰が持っているのか?行政マンではなくて、そこに住んでいる住民だという学説があった筈です。

> このことなんですが、本来なら「都市は計画的に作られるべきもの」だというのが都市計画の概念の始めと仮定すると、そこには未だに住民は存在しないことになります。 従って学説として住民都市計画権説は成立たないことになります。

住民でも計画的に作るもしくは改造する能力はあるべきです、それが自治というものではないでしょうか。あくまで理念としての住民という意味ですが。

従って、都市計画の根源としての主体は住民であって、都市計画家又は屋は、住民からの委託を受けて専門的技術制度を駆使して住民の求める都市計画を進める請負業者ということではないでしょうか。その際に専門的立場からのアドバイスとかは当然あるでしょう。

> 現実は人が集り住んでしまって混乱してきたから整理しなきゃならんと云うことで、都市計画を後追いで掛けるから、住民権利説が出てくるんですね。 ここんところをきちんと踏まえていないと議論がすれ違いますので、良く考えて下さい。

ニュータウンを作る際は行政が一次的権利者であって、改造するときは住民に権利があるという分け方をするのでしょうか。

> そうすると、やや強引に結論を言えば、行政なり専門家なりに計画は付託せざるを得ないことになってしまいます。

当然ながら、住民は自ら計画業務をやる時間と技術が無いから、専門家に委託するわけですが、その場合でも丸投げではないはずであって、だからこそ、権利は誰が持っているかという議論を明らかにしておいて、それを踏まえた計画をつくる必要があると思います。

また都市計画は進行管理技術ではなくてもっと理念的な内容を含むものと思います。

> それが、ちゃんとやれたかどうかは、歴史的に評価されることになります。多摩ニュータウンは正に歴史的な評価にさらされつつある計画の代表例ですね。

評価する人は誰なのでしょうか。第三者がやるのも否定はしませんが、本来はそこに住んでいる住民が根源的な権利者として評価するのではないでしょうか。

岩井


差出人 : Suzuki Shigeyasu
送信日時 : 2003年 3月 8日 土曜日 8:16 PM
件名 : [kosakuin:01829] Re: 雑誌東京人の「建築家と東京」

岩井さん、こにちは、鈴木繁康です。

> 今週末は、岡田さんの地域風景資産を語る世田谷グランカフェーに参加してみようと思っています。

■風景づくり文化祭〜めくるめくグランカフェのご案内はこちらです。
http://www.linkclub.or.jp/~erisa-25/kosakuin/forum.htm

> 建築家の話が出ているようですが、私としては都市計画家という人種の人たちについても研究してみたいと思います。

難しい議論は後回しにして都市計画家に関する本をご紹介します。

◆郷仙太郎/小説・後藤新平/学陽書房

 後藤新平については説明はいらないでしょう。理想と苦闘の生涯。「今、こんな指導者がほしい」との推薦文ですが、今いたとすれば小泉首相、あるいは小沢一郎・自由党党首のような感じの存在なのでしょう。ちなみに著者は現東京都副知事・青山さん。

◆アラン・ジェイコブス/サンフランシスコ都市計画局長の闘い−都市デザインと住民参加/学芸出版社

 アラン・ジェイコブスさんはその後UCバークレィの教授に転身。アドバイザー・ヒロ・ササキさんの指導教官でした。

◆阿部成治/大型店とドイツのまちづくり/学芸出版社

 現在ドイツ官僚都市計画家の活躍の様子が手にとるように分かる。はじめにp181「コラム・舞台から去る人、登場する人」を読むべし。

◆アルベルト・シュペーア/第三帝国の神殿にて−ナチス軍需相の証言(上・下)/中公文庫

 ふとしたことからヒトラーに見い出された建築大学生が辿る数奇な運命。ヒトラーは政治活動よりも都市計画や建築デザインに絶対的価値観を置いていた。独裁者の夢を実現するために奔走する建築家−過酷な要求=命令に呻吟しながらも限りない充実感にひたる日々が描かれている。

■真田さんが紹介している石川賞は故・石川栄耀氏の業績にちなむもの(都市計画学会・昭和35年1960から)。石川栄耀さんは東京都建設局長(1951年退職)、早稲田大学教授。

夏目漱石に心酔していた石川さんの信条は「社会に対する愛情−これを都市計画という」。

◆「石川栄耀「私達の都市計画の話」--序--、兼六館、1948年1月」は『[kosakuin:00694] 私達の都市計画の話』で紹介しています。

--

鈴木繁康


差出人 : Suzuki Shigeyasu
送信日時 : 2003年 3月 8日 土曜日 8:21 PM
件名 : [kosakuin:01830] 再掲:「私達の都市計画の話」

『石川栄耀「私達の都市計画の話」--序--、兼六館、1948年1月』

私は三十年もの間 都市計画のお話を しつづけてきました

私は世の中でこんな大切な こんな面白いお話は ないものだと思っています

然(しか)し結局大人はダメでした 大人の耳は木の耳 大人の心臓は木の心臓です

そして大人は第一 美しい夢を見る方法を 知りません

夢のない人に 都市のお話をしたって ムダな事です

子供は夢を見ます 星の夢も花の夢も天の夢も 百年後の日本の夢も

それは子供の耳が 兎(うさぎ)の耳のように大きく柔らかく 子供の心が バラの花の様に 赤くそして匂うからです

子供にお話をする事を 忘れていた私は何と言う 手ぬかりをしていた事でしょう

それに第一子供こそ 明日の日本の建設者です

此の焼け跡-------- 一億五千万坪の焼け跡 此の焼け跡を北京の様に 不思議な美しさをもつ 町にする事も

巴里(パリ)やワシントンの町と 公園の様に美しくする事も 皆今日の子供達に 

まかせられた仕事です

我々の時代は その準備をするだけの 時代なのでした

それを忘れて居ました

子供達よ (明日の建設者よ)

あなた達の手で 本当に美しい 日本を造って下さい 後の世の人々に 焼けて返(かえ)ってとかったなア としみじみ 云って貰(もら)えるような 賢い美しい 町を造って下さい

此れはその為の 一応のテキストです

少しムヅカしいかも知れ ませんが

今年ムヅかしかったら 来年読んで下さい

解りや易すくても 実のない本であったら 何にもならない筈(はず)では ありませんか

私はあなた方に 「云わなければならない事」は みんなお話したいのです だから私の話は何とかして 皆わかって下さらなくては いけません

私は あなた方を 少しばかり大人のつもりで お話してしまった かも知れません

あなた方も 少しばかり背のびして 聞いて下さい いや何、おちついておよみに なればそれだって ソーウむずかしい事では ない筈です

それからお願いしたい事は 皆様が 此の本をよんでしまったら 大切な所に赤い線をひいて ソツと お父さんやお母さんの お机の上におく事です

そして 「オヤこりやア何の御本だい」 とでも おっしゃれば  もうシメシメです お互いにきこえない様に 手をたたいて ニコニコ笑おうじゃあ ありませんか

では そんな事のある様に


差出人 : sanada
送信日時 : 2003年 3月 8日 土曜日 10:20 PM
件名 : [kosakuin:01831] Re: 再掲:「私達の都市計画の話」

鈴木さんの 再掲:「私達の都市計画の話」について

> 『石川栄耀「私達の都市計画の話」--序--、兼六館、1948年1月』

ありがとうございます。恥かしながら石川賞は知ってても、こんなことをおっしゃってとは知りませんでした。他の本も合わせて是非読んでみます。

> それに第一子供こそ 明日の日本の建設者です

小さい頃読んだ記憶のある人はいらっしゃるのでしょうか。
いっらしゃったら、是非感想を聞いてみたいものです。

それから、ヴィジュアル的にもまた都市開発の話としても面白い本を紹介します。

A4変形横版です。

The New Urbanisum “Toward an Architecture of Community”Peter Katz

鹿島出版社が2年前に翻訳する予定だとは言っていましたが、今あるかどうか定かではありません。アメリカのスプロール、エッジシティの限界からサスティナブルコミュニティおよび住民参加、街づくりの人間性復活について書かれていますし、様々な実験が行われています。映画好きの人は「トゥルーマン・ショー」をご存じだと思いますが、その舞台となった街だろうと私は考えているフロリダのSEASIDEという街も紹介されています。

 

さなだ


差出人 : Ishii Haruyoshi
送信日時 : 2003年 3月 8日 土曜日 11:43 PM
件名 : [kosakuin:01832] Re: 都市計画まちづくり

さなださん

都市計画からまちづくりへの時代の流れがあり、部分的には様々な試みがあることも承知していますが、大きく見たときには、どうしても行政なり計画者なりの役割が欠かせないものであることを言いたかったわけです。

そのための行政や専門家が十分な能力を持ち、適切な計画や事業をやってこれたかという評価は、当然問題が多いわけです。

越沢明さんなどが、都市計画史として明かにされようと頑張っておられますが、人物史として鈴木さんが紹介されているような話も読まなければならないと思っています。(いくつか、積ん読状態でした。)

都市計画家職能論は、改めて書くとして、

多摩ニュータウンの評価検証について、現状を書きます
公式に評価検証の動きがあるかどうかは、私は確認していません。(現在、関係する立場に居ませんので)

「多摩ニュータウン学会」というのは、多摩ニュータウン内外に立地した大学関係者やニュータウン居住者、ニュータウン研究者等で構成される柔軟な研究・交流組織でして、従来の学問研究主体のアカデミックな学会とは異なるものです。(最近このような学会が増えています。)

また、東京都や住宅公団系はどちらかというと敬遠気味です。
大学関係者もどちらかというと社会学・経済学・教育学系が熱心で都市工学系はやや引き気味です。
入居者は地域活動的な感覚で参加して活発に発言しています。

この学会の全体の雰囲気は出来てしまったニュータウンでどう生きるかという視点が大きく、地域まちづくりNPO活動や地域通貨活動など活発でして、建設途中からの住民参加まちづくりという方向が芽生えつつあるということですね。

そのようななかで、都市計画関係者有志で「まちづくり部会」というグループを作って、多摩ニュータウン計画について評価検証してみようと考えているところなんです。 実は私が中心なんですがメンバーがみんな仕事を別に持っていて、研究は現在中断状態です。

なお、多摩NT学会では研究年報を出しています。(中央大学出版部発行)

> 方法論が変わらない限り、その評価検証は結局は計画者のためで、またその反省を経て計画者が計画をするのでしょ?

東京都は投げ出してしまいましたが、公団は組織存続のためにいろいろ研究しているんでしょうね。

****************************************
石井 晴美 / Ishii Haruyoshi * 杉並&多摩 *
URL < http://www007.upp.so-net.ne.jp/metaseko/


差出人 : Abe Joji
送信日時 : 2003年 3月 9日 日曜日 6:57 PM
件名 : [kosakuin:01833] Re: 雑誌東京人の「建築家と東京」

 鈴木さん、ご無沙汰しています。「入試で忙しいのもあと半月」と指折り数えている阿部@福島です。紹介いただいたので、久しぶりに少しだけ:

> 難しい議論は後回しにして都市計画家に関する本をご紹介します。
> ◆阿部成治/大型店とドイツのまちづくり/学芸出版社
>  現在ドイツ官僚都市計画家の活躍の様子が手にとるように分かる。はじめ
> にp181「コラム・舞台から去る人、登場する人」を読むべし。

 そういう読み方もあるのですね。ただ、官僚だけでなく自治体議員やデベロッパーのこともいおいろ書いているつもりです。最近は情報公開が進む傾向にありますが、代表民主制なので(住民投票にはいろいろ制約がある)、「市民が主役」とは言えません。

> ◆アルベルト・シュペーア/第三帝国の神殿にて−ナチス軍需相の証言(上・下)/中公文庫

>  ふとしたことからヒトラーに見い出された建築大学生が辿る数奇な運命。ヒトラーは政治活動よりも都市計画や建築デザインに絶対的価値観を置いていた。独裁者の夢を実現するために奔走する建築家−過酷な要求=命令に呻吟しながらも限りない充実感にひたる日々が描かれている。

 そんな本があるとは知りませんでした。ヒットラーで私が思い出すのは、彼は近代建築が嫌いだったことです。シュツットガルトにあるヴァイセンホーフ(ミースやコルビュジェの設計もある)は、彼にとってアラビアの街並みに見えたそうで、ターバンをまいた人やらくだを連れてきて写真を撮らせた、という話しもあります。

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阿部成治 (Abe Joji)
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差出人 : Iwai Atsushi
送信日時 : 2003年 3月 13日 木曜日 10:23 PM
件名 : [kosakuin:01834] Re: 雑誌東京人の「建築家と東京」

鈴木さん こんばんわ。最近は忙しそうですね。

建築家と東京に関する、書籍のご案内有り難うございました。

これらの本を読んで少しは鈴木さんの知識レベルに近づきたいものです。ということで、早速読んでみたのが、小説後藤新平です。以下に私として印象に残った部分を記してみます。

1.震災時内務大臣として、帝都復興の議をまとめたが、その最後の項目で、「焼土全部買い上げ」がもっとも問題となった。「土地を公有化しようというのか、すなわち私有財産を認めず社会主義を持ち込もうとするのか」という批判があった。これに対して新平は、「迅速に大規模な区画整理を行うにはいちいち個別に土地の交換について地主と交渉していくのではなく、一端政府が全部買い上げて区画を整理した後公平に売却又は貸し付けするほか無い」と主張した。又、焼土全部買い上げ案は金がかかりすぎるという批判に対しては、「姑息なやり方こそ一見安く済むように見えて実は市民のためにならない。この際東京の将来像を示して市民に希望をもたせるべきだ。確かに全部買上げ案は初期にはいったん金がかかるが、復興後の土地は以前にもまして価値が増し、それを元の所有者に払い下げれば財政的にも引き合うではないか。」と反論した。ことは公共の都市計画と私権との激突なのだ。

=岩井コメント この部分はまさに公共の利益を追求する都市計画と私権の衝突についての貴重な示唆を与えてくれる。千歳船橋の駅前広場にしても、関東大震災ほどの事件ではないとしても、ちとふなのまちにとっては小田急の複々線高架事業は大きな事件ではある。これを機会にまちをどうしたらよいかという大きな議論がなされないまま、区は個別の地主と土地売買交渉をしただけであった。過去の歴史における過ちを繰り返しているだけではないのか。

 

2.新平が東京市長として市民に語った言葉:「自分は250万の東京市民一人一人が市長だと思っている。250万の東京市民が市長になったつもりで各自に向上をはかり、人を責める前に自ら怠らなかったら東京市の自治は完全なものとなる。・・・東京市の自治は東京市民の中にあってよそには無い」「市の吏員となって自治のためにつ尽くすと言うことは義勇奉公の一端であると考えなければ東京市の自治は実現しない」。

自治三訣、すなわち、人のお世話にならぬよう、人のお世話をするよう、そして報いをもとめぬよう。晩年はボーイスカウト活動などで若者に説いて歩いた。

=岩井コメント:自治の意味についての卓見だと思う。権力の側にいる人であっても、市民一人一人が主権者だという基本的認識から出発して物事を考えることができる行政マンというのが現在果たしているだろうかと思ってしまう。

 

3.解説者御厨貴氏の言葉:「植民地経営と都市計画は政治家にとって自らの有する権力を最も贅沢に表現できる手段に他ならない。」「後藤による都市計画のい行く手を阻んだのは、日本政治の近代化のひとつの到達点である政党政治とデモクラシーに他ならない」

=岩井コメント:優れた指導者が都市計画には不可欠であるということは、1.からも理解できるが、それは独裁者を求めることではない。2に記された新平の言葉をかみしめれば、御厨貴氏の解説はデモクラシーの上にたって自治というものを考えようとしていた後藤新平の真意を読み取っていないことは明らかだ。

「都市計画は権力者の最高の楽しみだ」という理解は、権力志向の人間にとってはわかりやすいが、都市計画の公共性を追及しようとする立場から見れば、一面的である。また、「独裁者による専制で無い限り、都市計画に必要不可欠な強制の契機は機能しにくいという側面をもつ。」という同氏の見方も、後藤新平が理念として求めたものをまったく誤解しているもので、偏った見方だといわざるを得ない。

現代の問題として言えば、デモクラシーに信頼を置いた上で如何にして都市計画の上で必要な強制の契機を機能させるかという方法論が求められていると思う。

岩井でした。


差出人 : Suzuki Shigeyasu
送信日時 : 2003年 3月 16日 日曜日 6:11 PM
件名 : [kosakuin:01837] Re: 雑誌東京人の「建築家と東京」

岩井さん、こんにちは、鈴木繁康です。

> 鈴木さん こんばんわ。最近は忙しそうですね。

三月中は例年のとおり「年度内に」という会議などがめじろ押しです。4月からの予定表が真っ白なのに。阿部成治さんと同じように「あと半月の辛抱」。

> 1.震災時内務大臣として、帝都復興の議をまとめたが、その最後の項目で、「焼土全部買い上げ」がもっとも問題となった。
> <中略>
> ことは公共の都市計画と私権との激突なのだ。

> =岩井コメント この部分はまさに公共の利益を追求する都市計画と私権の衝突についての貴重な示唆を与えてくれる。千歳船橋の駅前広場にしても、関東大震災ほどの事件ではないとしても、ちとふなのまちにとっては小田急の複々線高架事業は大きな事件ではある。これを機会にまちをどうしたらよいかという大きな議論がなされないまま、区は個別の地主と土地売買交渉をしただけであった。過去の歴史における過ちを繰り返しているだけではないのか。

◆ここでは二つの問題があります。一つは、それでは阪神大震災で「焼土全部買い上げ」が可能であったのかという問題。次に、まちづくり先進自治体として知られている世田谷区の実態はどうなっているのかという問題。

◆1 阪神大震災で「焼土全部買い上げ」が可能であったのか

阪神大震災の復興委員長になった伊藤滋(当時慶応大学教授)さんのかねてからの持論は「焼土全部買い上げ」に近いものでした。

もし関東大震災で木造密集地が壊滅的打撃を受けたら、住民を所沢あたりに収容し、誰もいないところで理想的な区画整理をすればよいという考え方でした。

震災直後のテレビでも伊藤さんはこの考え方を披露していました。しかし、まもなくこの発言は聞かれなくなり、やがて彼は復興委員長を引き受けます。

私は、被災地の過酷な現実が伊藤さんの考えを変えたのではないかと想像していたものでした。

◆震災後に政府は被災市街地復興特別措置法をつくりました。復興は住民や事業者の理解と協力ですすめるよう強調しています。

また、復興促進地域に指定すると、2年間の建築制限が行われ、まちづくりについて住民参加で計画する時間が与えられる。

しかし、神戸市は特別措置法を使わなかった。なぜ、時間をかけて復興計画を作らないのかという疑問が残されています。

まちづくり先進都市・神戸市にして、なぜ住民の意見を聞かないで復興計画を作らなければならなかったのか。

◆また、昭和20年、東京大空襲で焦土と化した東京の戦災復興では、安井東京都知事は側近に厳命します。

「戦争が終わったら都市計画関係者は必ず大掛かりな復興計画を提案してくる。しかし、絶対に大復興計画を受け入れてはならない。

寝る家もなく路頭をさまよう都民の住宅の確保こそが最優先課題だ。後世、大復興計画を握りつぶした都知事として非難されるだろうが、覚悟の上である。」

◆1995年(平成7年)5月1日付け東京新聞

震災後100日を経過して「こちら特報部」の特集記事

 

阪神大震災・「帝都復興計画」挫折の教訓

 「東京改造」の悲願”政争の具”に

 後藤氏の独断専行に反発も

   審議会、国会で次々縮小

   都市公園など成果も

    計画の”主役”に首相直属の機関

    『大反対は嫌がらせだった』

 

◆石川栄耀/都市計画に対する反省/都市問題・第43巻三号・1952年(昭和27年)3月

一方、安井知事と対決した東京都建設局長石川栄耀は1951年に退職する。その1年後に、30年の役人生活を振り返って、雑誌に10項目の反省をまとめています。

10番目の反省は「政治的であることへの自分の無関心」です。

「自分はかねがね技術者の本務はその業に没頭することにありと為した。都市計画30年間の態度も一貫してそれであった。

然し東京都の復興計画不成績におえて、今日にして省みられるのは結局自分に於ける政治性の欠如であった。

その第一は社会に対する理解、協力を求める方法においてどうしても徹底を欠いた。

或場合には街頭に出てまでも説くべきであったろう。(以下略)」

◆つまり震災復興の責任者であった後藤新平も石川栄耀も、先鋭的な都市計画論は持っていたが、周辺理解が得られていなかったということです。

昔のことはともかく、まちづくり先進都市・神戸市ではどうだったのか。

千歳船橋駅広場に対して、まちづくり先進都市・世田谷区はなぜ岩井さんたちの期待に応えることができないのか。

一体、神戸市や世田谷区では「誰が都市計画家」なのか、じっくり考えてみませんか。

> 3.解説者御厨貴氏の言葉:「植民地経営と都市計画は政治家にとって自らの

> 有する権力を最も贅沢に表現できる手段に他ならない。」

> =岩井コメント:優れた指導者が都市計画に<中略>
> 現代の問題として言えば、デモクラシーに信頼を置いた上で如何にして都市計 画の上で必要な強制の契機を機能させるかという方法論が求められていると思う。

都市、市民、自由都市、自由市民、都市法、コミュニティ、ユニバーシティ、自治とは何かについてもじっくり考えてみたいものです。

岩井さんの疑問は、多分、次の本で解消されることでしょう。すでに読まれているかもしれません。そうであれば再読をおすすめします。

◆羽丹五郎/都市の論理・歴史的条件−現代の闘争/勁草書房/1968(s43).12.25

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鈴木繁康


差出人 : Iwai Atsushi
送信日時 : 2003年 3月 16日 日曜日 8:47 PM
件名 : [kosakuin:01838] Re: 雑誌東京人の「建築家と東京」

鈴木さんへ 岩井です。

色々な考え方がありますね。議論すればするほど面白いと思います。

羽丹五郎の本は確かに昔少し読んで途中で挫折した記憶がありますが、探してみます。
ただし、余りたくさん本を紹介されてもすぐには読めません。
関心のある人が集まって、分担して読んだ本について要約をつくってもらい、オフ会で発表会と討論会をやるのはどうでしょうか。

なお、シュペアーの「第三帝国」についてはようやく下巻の半分まで来ましたが、感想など。

1.前書き:シュパンダウ刑務所(20年間)の中で諸国の新しい建築を勉強する機会を持った。日本の建築についてたくさんの本を手に入れた。繊細な感覚を持ち芸術的才能の豊かな民族がその伝統と手工芸的能力を近代の生活形態と結びつけてひとつの共存を実現する方法を理解していることに驚嘆した。

=岩井コメント:「共存を実現する方法」とは何を意味しているのか?現在の日本では、彼が当時驚嘆したような能力はすでに失われてしまったのでしょうか。

2.テツセノフ教授から教わったこと:「様式は国民から生まれる。人が故郷を愛するのは自然の理である。真の文化はインターナショナルではあり得ない。それは国民という母体からしか生まれないのだ。」

=この問題を考え出すとテーマが無限に広がりそうです。

3.大仕事をやらせてもらえるならばファウストみたいに魂を売ってもよいという気持ちだった。そういうところへ私のメフィストが現れたのである。もし当時の私がヒトラーの素顔と彼の支配の本性を認識していたら自分はどうしたろうかと幾度も考えてみた。その答えは、「ヒトラーお抱えの建築家という地位から私は抜け出すことはできなかったろう」

=彼はテクノラートとしては優秀だったのかもしれないが、魂を持っていないテクノクラートの限界を自ら語っている。現在の日本のまちづくりを担当しているテクノラートにも是非魂を持ってもらいたい。

4.ヒトラー「ベルリンは大都市だ、しかし世界都市ではない。世界で一番美しいパリ、ウイーンですらも大きな構想をもった都市ではないか。然るにベルリンときたら建築物の無秩序な集積でしかない。われわれはパリとウイーンを凌がなければならないのだ」彼のベルリン都市計画の出発点は、パリの長さ二キロのシャンゼリゼ大通と、ナポレオン1世が1805年に立てた凱旋門であった。街路の幅もこれからきている。「シャンゼリゼは幅100メートルだ。いずれにせよわれわれはそれより20メートル広い道路を作る。ウンターデンリンデンを大選定候が60メートルで設計したときは、オスマンがシャンゼリゼを100メートルで設計したときほどの交通事情を予想できなかったのだ。」

=独裁者の都市計画に関する発想は所詮このような単純なレベルのものでしかないということか。要するにヒトラーのベルリン都市改造の発想は、威容誇示から出発しているのであって、まちづくりとは縁遠いものなのであろう。

5.ヒトラーはこれまでにもしばしば官僚機構は経済の創意性をただ妨げるだけだと非常な反感を持って語っていたし、大きな仕事は直接経済人にやらせるのが最適であると主張していた。

=不況の日本経済の景気浮揚策が効果をあげていない点や、官僚機構の効率性の悪さについての批判を相通じるものがあるのではないか。

6.全組織を新編成し民主主義的な経済指導の方式を採用した事実が、かくも著しき生産上昇をもたらしたのである。原則として反対の事実が現れるまで、責任ある工業指導者たちを信頼したのであった。このようにして創意は報いられ、責任感が芽生え、決断の喜びが呼び起こされた。私には無批判な下働きよりもむしろ批判的な協働者のほうがましだった。

=シュペアー軍需大臣がドイツ国内の軍需生産を著しく高めたことで、彼はテクノクラートとしての能力を歴史的にも認められているが、その背景には独裁主義的手法ではなくて、民主主義的手法があったということは実に興味深い。

また、阿部さんの「大型店とドイツのまちづくり」はざっと斜め読みしかしませんでしたが、

1.日本とドイツのまちづくりプロセスの違いの一つとして、自治体の意思決定における、議会と議員が果たしている役割の大きさがよくわかりました。日本でも地方自治体の議員、都市整備委員会などが活躍している事例はあるのでしょうか。

2.日本のまちづくりでよく登場する学識経験者の尊重は、まちづくりの最終責任を曖昧にするという点はなんとなく分る気もします。他人の町のまちづくりについてのアドバイスで結構活躍している学者さんでも、実は自分の住んでいるまちのことについて何の活動もしていないという例がありますね。

3.ドイツでのまちづくりプロセスにおける住民の顔があまり見えませんでした。住民参加についてはドイツでの認識はどういうものなのでしょうか。サラリーマンは時間どおりに帰宅するが、その後は自分の家のペンキ塗りや芝刈りはやるようですが、地域活動というものについてどんな考え方なのでしょうか。

以上です。3月末まで頑張ってください。オフ会を楽しみに。


差出人 : Suzuki Shigeyasu
送信日時 : 2003年 3月 17日 月曜日 2:40 AM
件名 : [kosakuin:01839] Re: 雑誌東京人の「建築家と東京」

岩井篤さん、こんにちは、鈴木繁康です。

私はナチス時代の都市計画制度に関心を持っています。

先に関東大震災や阪神大震災の性急な復興計画について触れましたが、ドイツの戦災復興では10年以上もの時間をかけて復興計画を作った都市があります。

当然、その間の建築は禁止されています。現在の都市計画規制の基本となる連邦建設法が成立するのは1960年のことです。

それでは、戦災復興期の1945年から1960年までの都市計画、建築規制はどうなっていたのか。

地区詳細計画とも訳されている「拘束的建築誘導規制」であるB-Plan(Bebauungsplan=建築計画)がどのような経緯で制定されたのか。

つまり、この厳しい建築規制を国民が受け入れた背景はどうなっていたのか。いきなり1960年に拘束的建築誘導規制が成立するわけがないだろうという疑問です。

平成6年頃に、過去10年間のドイツ都市計画関係の論文等を検索したことがありますが、ナチス時代の都市計画に関する研究はほとんどありませんでした。

年表を作ってみるとヴァイマール時代には全国ばらばらだった都市計画制度が、ナチス時代の空白を経て、30年後の1960年に突如として拘束的建築誘導規制として登場します。

しかし、それでは説明のできないことがたくさんあります。

◆私はナチス時代にその全国統一の拘束的建築誘導規制の法規制が成立したのではないかと想像しています。

シュペアーの記述(上巻p319)によれば、戦時下の1940年、ヒトラーは閣僚の反対を押し切って、ベルリン、ニュルンベルク、ミュンヘン、リンツ、ハノーバー、アウグスブルグ、ブレーメン、ヴァイマールなど27都市を改造指定都市と宣言しています。

同じページにある「ヒトラー命令による国内の全建設計画」によって、ドイツ国内すべての自治体は詳細な都市計画を策定することになります。

ある村では役場の職員だけでは足りないので設計事務所を動員して都市計画を策定しています。(崎村茂久/ドイツと日本・体験的ドイツ論/三修社/1978.6.1)

◆独裁者ヒトラーの強権発動なくして現在のドイツ都市計画制度はありえないのではないかとの確信を深めています。

またヒトラーが羨望し嫉妬したパリ。この大改造も皇帝ナポレオン三世の時代(1852〜1870年)に、パリ県知事に任命されたオスマン男爵のもとで完成したものです。

今、私たちはパリやドイツの街並、つまり独裁者によって作られた街並あるいは独裁者の作った制度に支えられた街並に感嘆しています。

このようなことから独裁者による都市計画が一概に非難されるものでもないだろうと私は思っています。

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鈴木繁康