| Mothball Avenue (表紙画像過去帳)Part
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Mothball:
モスボールとはタンスに入れる防虫剤。ナフタリン、「タンスにゴン」のこと。
無事大任を果たし晴れて退席した表紙画像の功績を賛え、ナフタリンをまぶして展示いたします。殿堂入りして余生を送る画像たちにさいわいあれかし。 |
雑誌の最初の1ページである表紙がその中味への先入観を80%を決定するので、担当者はマテリアルの選択に苦労するようです。タレントを輩出した「週刊朝日」の女子大生シリーズ、伝説的宣伝情報誌「FRONT」(東方社)の結晶したような戦場シーン、つい最近では「Oggi」(小学館)の黒谷友香、などは売り上げ増への貢献以上に表紙の傑作として語り継がれ、今なお雑誌戦略上で分析の対象になっています。
本HPでも、ちょっとは見栄えのする表紙でビジターの開拓を図る「こっちの水はあーまいぞプロジェクト」を鋭意推進中であります。どこをどうひっくり返しても、ビジターをたぐり寄せられるデザインの才能がないウラミはありますが, それでも勤めを終えた表紙画像たちにMothball
Avenueで休んでもらっています。
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2009年4月 猫寺
寺号は生善院.水上村岩野地区にある真言宗智山派の寺院.国指定重要文化財.
ときに天正10(1582)年, 湯山の地頭湯山佐渡守宗昌とその弟で善門寺の住職をつとめる盛誉(せいよ)に謀反の動きあり, の情報に接した相良忠房公は, 湯山・須木の衆に宛てて誅伐すべし, の命を出しました.直後, 撤回命令が出され, 使いの犬童九助が急いだものの, ひと休みした免田の茶屋でついつい焼酎を飲み過ぎて眠りこんでしまいました.その間盛誉は殺され, 寺も焼かれてしまっていました.こんな情報分析不足と職務怠慢がもたらした大破滅におさまらないのは盛誉の母, 玖月善女.彼女は愛猫玉垂に怨霊になってたたるよう言い含めて身を投げました.玉垂のすさまじい不幸攻撃に音をあげた相良家は怨霊を鎮め, 生善院を建立してやっと息をついたといいます.
観音堂は寄棟造茅葺で, 外観は黒漆仕上げ.
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2009年3月 ミズクラゲ
江戸川区にある葛西臨海水族園は抜群のビジター数を誇るレジャー施設です。水槽はテーマごとに分けられ、カラフルな珊瑚に寄り添う暖海の魚たち、妖しのきらめきをみせる回遊魚たち、暗いフロアを染める幻想的な光―。そこに大人も子どもも引き寄せ、とくにカップルをぽわ〜〜んと浸りきらせるマジックがあります。
で、水族園のおすすめはミズクラゲ。本館1階の実験水槽で飼われています。大海原にいるときにみせる波にも潮にもさからわないライフスタイルを水槽の中でも貫いていて、水流のなすがままにゆらりゆらりと漂うその潔いまでのユルさ加減は一見の価値あり。
さて、ミズクラゲの一生は変幻自在。卵は孕むは、我が身を次つぎに引きちぎってクローンはばらまくは、あおのうえ土壇場で瞬殺兵器「刺胞」を繰り出すは、とことん脱力していながら意外にポジティブだったりします。
実験水槽に張り付いてポリプ→エフィラ→ストロビラの幼生段階を経て大人になるまでの一部始終を観察したら、表のテラスに出てひと休み。そこからビール片手に一望する東京湾は、さっき見たばかりの生きているカオスたちの揺りかごなのです。
ちなみに、クラゲをぼーっと眺めているのもいいですが、アイディアがばしっと閃くノーベル賞を取れることを、昨年クラゲが鮮やかに教えてくれました。
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2009年2月 高田酒造場
球磨の蔵の中で, 銘柄を創作するにあたってマーケットやユーザーの志向を意識した全体デザインをよく考え抜く筆頭は高田酒造場ではないでしょうか.蔵の中に展示コーナーがあり, おびただしい数の銘柄が自身を誇示しています.
この蔵は山が尽きて球磨川に落ち込む寸前に広がった里にあり, 落ち着いた環境を反映しておだやかな気風の銘柄をつくる蔵でしたが, 多彩な樽熟成焼酎で一気に評価を上げました.蔵の背後を九州山地の支脈が走っていて, その峠の水を運んで醸した酒がまた評判を呼びました.今, 「花酵母」で創作した銘柄が順次そろいつつあり, 主力に近くなっています.
この蔵は, わき出るアイディアを留め置いたままにせず, ともかく製品化して世に問うてみる進取の気風を感じます.結果として展示コーナーにあふれるばかりの多品種が市場に出ているのですが, 銘柄ごとにはっきりした持ち味があり, つくりの技の幅の広さを実感できます.
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2009年1月 道祖神
信州白馬村で見かけた道祖神です.石に神霊が宿ると信じてきた日本人は多彩な石造宗教文化を育んできました.そんな「石の宗教」のなかで最も親しまれ, 最も人間味を感じるのが道祖神ではないでしょうか.道祖神は東日本に多く, なかでも信州, 信州の地は道祖神の宝庫として知られ, 白馬村にも50余基が現存しています.
この道祖神は1791(寛政3)年の造立で, 双体祝言像と呼ばれる様式です.本来は夫婦和合の神様でしたが, その効能は五穀豊饒, 旅の安全までカバーし, 村びとの信仰を集めてきました.
西日本には道祖神の分布は少なくなり, 塞の神(さいのかみ, せいのかみ)が多くなりますが, 両者は起源と性格を同じくし, さらに「田の神さん」まで連続しています.
素朴な「石の宗教」のおだやかな石造物が石のように恒久的にいつまでも里の辻で, 山道で, 拝める世でありたいものです.
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2008年12月 湯前駅
湯前(ゆのまえ)駅はくま川鉄道の終着駅です.くま川鉄道の前身である国鉄湯前線が開業した1924(大正13)年に築造された駅舎がほぼ原形をとどめて残されており, 今なお現役です.
建物の内外は白く塗られてしまい, 往事の外観ではなくなったものの, 板張りの壁など基本構造はそのままです.
とりわけ, 格子のついた窓口やきっぷの受け取り台, 一枚板の卓などがある木製の出札窓口に昭和のフレーバーが漂っており, 内側にある事務室にはきっぷを行き先ごとに分けて準備する「小箱の集合住宅」など出札業務用の備品のほか, 見回りや点検に使うレトロな小道具がきちんと保存されています.駅ごと産業遺産として大切に保存・維持されるべきでしょう.
くま川鉄道の職員の配置はありませんが, 管理を委託された地元の駅長さん(山本和代さん)が制服制帽に身を引き締めて駅を守り続けています.
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2008年11月 山中の酒宴
晩秋の秩父に山好きたちが群れ集まり, 酒を飲みました.静かに日が暮れると熊も鹿もたじろぐような寒気が押し寄せ, 奥山の谷底はほとんど冬.
この山小屋のオーナーさんは地元の山持ちのおじいさんで, 山好きや渓流好きの人々の交流と学習の場に開放しています.このときは木の板から木の名前を知る趣旨の勉強会をしまして, 材になってしまった木から種類を見分けるのがいかにむずかしいか, しかし見分け方を覚えると生活のいろいろな場面で役に立つことがわかりました.
夕方になって, みんな木の板などうわのそら, はやく酒を飲みたくてそわそわしてきます.宴会の準備は, はやいはやい! アウトドア料理で鍛えた食事&酒肴担当がちゃっちゃっと煮炊きし, 焼き, 手際よく並べると, 全員が交流宴会全開モードに突入.秘蔵の熊肉がバーベキューに花を添えることもままあり, そのときは歓声があがります.
この日の仲間たちよ, 春になって渓流の雪がまばらになったらまた会いましょう.
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2008年10月 開田記念碑
稲作の歴史は新田開発の歴史ともいえるのではないでしょうか.平地を田んぼにしたあと,
残された土地は原野やしかありません.人間の努力は原野を押し開き, 水を通し, 土を入れ替えて生産性の高い田園をつくりあげました.
あさぎり町の上地区にあるゆたかに広がるこの田んぼは1968年に開田しました.それまで雑木林だった傾斜地に重機が進入して縦横無尽に走り回り, 傾斜を階段状にならして広い水田に変えました.稲穂は今まさにはちきれんばかりにしっかりと稔っています.
このようにして開かれた地元の田で産する, 地元の米は焼酎の美しい一滴一滴になり, 米とともに輝きを世に示してきました.ところが, 出所に問題があることが明白な異常に安価な米に手を出す焼酎蔵があったことは残念です.球磨焼酎は古くから農村とともにあり, 村落共同体の潤滑油の役を果たしてきました.潤滑油を濁すような所業があってはなりません.地元を信頼し, 米を信頼する焼酎ほどうまいのです.
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