まずsaivaありき
 「彩葉」は方言「さいば」に根っこがある。ただし根っこから「彩葉」本体までには地域情報紙「SAIVA」が仲を取りもつパイプとしてはまり込む。
 「SAIVA」を編集発行していた地元グループが深野酒造に提案した、住民プロジェクトの産物、それが「彩葉」である。だから、ラベルに記されている「SAIVA」の文字にプロジェクトのささやかな主張が見てとれる。
ジャズマニアの宮司さんが編集チームを率いる「SAIVA」はとくに写真情報が地域誌の水準を抜く洗練された内容であったが、現在は残念ながら休眠中。後継誌ではないが「どぅぎゃん」が元気なのが救いである。

 さて、方言「さいば」とは何なのか。


深野酒造本店の裏手。
何代にも渡り大切に守られてきた「御溝(おみぞ)」が透きとおって水量ゆたかに流れる。



 平安時代にすでに流布していた古語「然れば」の転化であって、「そうそう、そのとおり」の意で使われる。
平安時代! おじゃる丸の時代である。

 ♪ まったり まったり まったりなぁ〜 慌てず急がず まいろぉかあぁ〜

 などと歌いながら大路を牛車に揺られていた御代のことばが球磨地方では現役なのだ。
 まったりしているのは平安朝ではなくて球磨のクマソ王朝だったのだ。どうだ!
 「さいば」は「さっば」に訛ることも多く、この文法無視の促音便化には鹿児島の影響が認められる。どっちにしても「然れば」から発音が変わっているのでたいした問題ではない。
 「さいば」はおっそろしく寿命が長い。今後も当分日常語の位置を保つだろう。
 
 「さいばたい、さっば、さっば(そうです。そのとおっり、そのとおり)」

 年配者同士の会話では、上のような相槌がよく打たれる。

 反面、大正〜昭和にかけて消滅していった方言は数知れず、近年は方言の文法そのものの衰退にも加速度がついている。組織立った採集が何にもまして緊要である。


たるひ
 大正から昭和初期を生き抜いてきたお年寄りは方言採集の重要なソースである。法事で同席した親戚のおばーちゃんから、価値ある情報を聞き出した。
 おばーちゃんは、ツララのことを40年前まで「たるひ」と呼んでいたそうである。たるひ、つまり「垂る氷」は、万葉のイニシエに畿内に発し、南北に進出した。東北地方では今でも「たるひ」、「たろんぺ」として比較的健在であるが、南方に向かって九州に達した「たるひ」は、新参の「つらら」に取って替わられ、長崎県(島原半島)と熊本県(球磨地方)に細々と残存するのみとなっていた。今回球磨地方での痕跡をやっと確認できたのは幸運であったが、しかし新しいユーザーはもういないだろう。残されるのは「火垂るの墓」ならぬ「垂る氷の墓」である。

 焼酎「彩葉」から相当話が逸脱した。焼酎銘柄のことに集中しろ、このやろー、の怒号は甘んじて受けさせていただきますです。
それほど方言サーチはおもしろい。


§5 Index

30. Dec. 2002