フォークロアのテクノロジー 石倉とどこかで接点を持つ人たちがこれほど集まっているから、コンサートの波が引いても会場のテンションは高まるばかりであった。 今回のプログラムの体験実習を御指導いただいた講師の方がたも顔を見せられた。ガラス工芸の小田さん、「球磨の泉」の那須さん、投網の本田さん、やったろ会の溝辺さん、石倉研究会の住吉さん・池田さん...。彼らを囲んで慰労がてら「技術と伝統」の話を聞く輪ができている。
焼酎談義 さて。夜なべ談義のセッションのひとつ、〈焼酎談義〉の時間になり、〈焼酎をつくる人・焼酎を売る人・焼酎の情報発信する人〉の鼎談のかたちで若干のトークをすることとなった。 〈つくる人〉は那須富雄さん(多良木町 那須酒造場代表)、〈売る人〉は山田幸子さん(酒販店)、そして〈発信する人〉とは筆者のことだ。 筆者自らは焼酎サイトを開設してはいるものの、焼酎に何も実務的に関与しているわけではないので〈つくる人・売る人〉とはとても釣合いがとれずまったくの「非対称鼎談」になりかねない。しかし筆者としては焼酎、とくに球磨焼酎の良さ・濃さ・うまさを体感し、その理由なり背景なりを何ごとかサイト上で伝えてきた若干の自負はある。 東京から球磨焼酎についてコメントするのは難しくはあるが、それでも焼酎を手にし口にするときの、これほどまでに完成した酒への澎湃たる喜悦の感情は筆者にとって球磨焼酎が自身の背骨のそのまた背骨になっていることを知る瞬間だ。 であるので、オコガマしくもありがたく鼎談に「かたらせて(=加わらせて)」もらうことにした。
鼎の足はそろわなかった 筆者も司会の方から紹介され、ステージに上がったまではいい。問題はそのあとだ。 どんな会話をしたのか金輪際覚えていないのである。 筆者は、「焼酎はどうしても常圧がうまか。常圧ばもっとつくって売ってほしかです」とワメいたのはかすかに記憶に残っている。〈常圧がうまか〉は持論なのでおおっぴらに述べ立てるのになんら不都合はないが、球磨焼酎にひそむ奥義を衝いたりして少しは聴衆様の琴線に触れる、ふくらみのある言い方もあったのではなかろうか。あとの祭とはまさにこのこと。 お相手をしていただいた山田幸子さんの人となりさえ全然覚えていないひどさである。ひょっとすると地域No.1の酒販店「ドンキーヤマダ」さん系列の「ドンキー K 多良木町久米店」の女将さんではなかったか、と大脳皮質記憶辺縁系をそっとめくってたしかめているが、記憶は焼酎に溶けてしまい、推測の粗い断片があるにすぎない。
「あの酔くらい(えくらい=酔っぱらい)は、いったい何ばしに来たとじゃろか」と眉をヒソめた聴衆の皆様の氷のヤイバのような視線と、人選を誤ったスタッフの悔悟の舌打ちが聞こえそうな、そんないたたたまれない空気に押されてホーホーの体で降壇後、しばらくはサザエよりも固くフタを閉じてちぢこまっていた。 だが、不屈の焼酎ダマシイはおそろしい。失意のうちにサザエになっていたのはほんの数分で、善意の方がたによる「まあ焼酎ども飲うでうち忘れなっせ(=焼酎でも飲んで忘れなさい)」のナグサめに鼓舞され、再度猛然と飲み始めたのである。酔くらいより強いものは、未だかつて三界に存在しない。
鯨飲鯨食 まずは刺身といえばこれ、赤肉だ。ワサビ醤油で次つぎにするすると喉に滑らせる。このときばかりは九州独特の甘い「刺身醤油」がぴたりと合う。 ウネ(畝)は舌ざわりにアブラの滋味がからまり、絶品である。うん、奥味があって焼酎がよりうまくなる。さらりと涼やかなのは尾羽。シャキシャキ感のなかにほのかに残るアブラの香りが麦味噌の酢味噌に溶け込み、さっぱりさが引き立つ。こんなクジラのオールスターに加え、もうひとつのソウルフードの雄にしてスーパースター、酢ダコも配されて完璧な布陣である 鹿刺もある。真紅が目印の柔らかい肉は口の中ですっととろけて極上の余韻をもたらす。鹿肉は保存するなら醤油漬けだ。これを焼くと刺身のときとはうってかわって野生の風味が強力に蘇る。 Whale waiting 池田さんが寄って来て、悪魔めいた囁きを吹きこまれた。 「来週、『クジラで球磨焼酎を飲む会』ちゅうとばやるとです。ふふふ、よかでしょう」 そ、そ、そ、そ、そんな魅力的な話を、在東京の身である筆者に、突然に。 あまりの吸引力の強さに身が引き裂かれるようなその劇的なイベントは、盛況のうちに開催されたそうである。
味のキラ星たちの間を泳ぐようにして食べ、焼酎を飲み、皆と語り、無上のココロモチになった頃は外はとっぷりと闇また闇。その闇のなかを当夜の宿泊所である公民館まで歩いた。フトンに這い込みそのままバタン。ドブにもはまらずよく行き着けたものだ。
|
|||||||||||||