里程標 10
夜なべ談義


14. Sep. 2003, 8:00 p.m. 多良木町 駅前石倉 

フォークロアのテクノロジー
 石倉とどこかで接点を持つ人たちがこれほど集まっているから、コンサートの波が引いても会場のテンションは高まるばかりであった。
 今回のプログラムの体験実習を御指導いただいた講師の方がたも顔を見せられた。ガラス工芸の小田さん、「球磨の泉」の那須さん、投網の本田さん、やったろ会の溝辺さん、石倉研究会の住吉さん・池田さん...。彼らを囲んで慰労がてら「技術と伝統」の話を聞く輪ができている。


思いおもいに「夜なべ談義」を聞く。


焼酎談義
 さて。夜なべ談義のセッションのひとつ、〈焼酎談義〉の時間になり、〈焼酎をつくる人・焼酎を売る人・焼酎の情報発信する人〉の鼎談のかたちで若干のトークをすることとなった。
 〈つくる人〉は那須富雄さん(多良木町 那須酒造場代表)、〈売る人〉は山田幸子さん(酒販店)、そして〈発信する人〉とは筆者のことだ。

 筆者自らは焼酎サイトを開設してはいるものの、焼酎に何も実務的に関与しているわけではないので〈つくる人・売る人〉とはとても釣合いがとれずまったくの「非対称鼎談」になりかねない。しかし筆者としては焼酎、とくに球磨焼酎の良さ・濃さ・うまさを体感し、その理由なり背景なりを何ごとかサイト上で伝えてきた若干の自負はある。
 東京から球磨焼酎についてコメントするのは難しくはあるが、それでも焼酎を手にし口にするときの、これほどまでに完成した酒への澎湃たる喜悦の感情は筆者にとって球磨焼酎が自身の背骨のそのまた背骨になっていることを知る瞬間だ。
 であるので、オコガマしくもありがたく鼎談に「かたらせて(=加わらせて)」もらうことにした。

セッションのひとコマ。
ドンキー K 多良木町久米店の山田幸子さん。


鼎の足はそろわなかった
 筆者も司会の方から紹介され、ステージに上がったまではいい。問題はそのあとだ。

 どんな会話をしたのか金輪際覚えていないのである。

 筆者は、「焼酎はどうしても常圧がうまか。常圧ばもっとつくって売ってほしかです」とワメいたのはかすかに記憶に残っている。〈常圧がうまか〉は持論なのでおおっぴらに述べ立てるのになんら不都合はないが、球磨焼酎にひそむ奥義を衝いたりして少しは聴衆様の琴線に触れる、ふくらみのある言い方もあったのではなかろうか。あとの祭とはまさにこのこと。
 お相手をしていただいた山田幸子さんの人となりさえ全然覚えていないひどさである。ひょっとすると地域No.1の酒販店「ドンキーヤマダ」さん系列の「ドンキー K 多良木町久米店」の女将さんではなかったか、と大脳皮質記憶辺縁系をそっとめくってたしかめているが、記憶は焼酎に溶けてしまい、推測の粗い断片があるにすぎない。

進行管制席。
スタッフの席から「夜なべ談義」がコントロールされている。画面はパワーポイント。あんな満場唖然の事態になるとは...少しは予想されていたかもしれない。


 「あの酔くらい(えくらい=酔っぱらい)は、いったい何ばしに来たとじゃろか」と眉をヒソめた聴衆の皆様の氷のヤイバのような視線と、人選を誤ったスタッフの悔悟の舌打ちが聞こえそうな、そんないたたたまれない空気に押されてホーホーの体で降壇後、しばらくはサザエよりも固くフタを閉じてちぢこまっていた。

 だが、不屈の焼酎ダマシイはおそろしい。失意のうちにサザエになっていたのはほんの数分で、善意の方がたによる「まあ焼酎ども飲うでうち忘れなっせ(=焼酎でも飲んで忘れなさい)」のナグサめに鼓舞され、再度猛然と飲み始めたのである。酔くらいより強いものは、未だかつて三界に存在しない。

旨かもん市
 酒の肴がとびきり出色である。これでは焼酎にブレーキをかけようもない。多良木町の味自慢の店が一堂に会したプログラム企画「多良木の旨かもん市」の逸品たちでテーブルが満艦飾になっている。

 ○ 「村一番」の地鶏 & なんこつの唐揚げ
 ○ 「吉鶴」のう巻き寿司
 ○ 「新辰巳」のパリパリ焼そば
 ○ 「寿司のしっとう屋」のいなり寿司 & 巻き寿司
 ○ 「池田屋」の酢だこ & 海鮮サラダセット
 ○ 「ピザピノ」のピザ、天麩羅セット
 ○ 「桃太郎」の中華オードブルセット
 ○ 「大使館」のオムライス
 ○ 「サンフィールドサカイ」のオードブルセット
 ○ 「川辺製菓本舗」の焼酎ケーキ


 おおお!! 鯨だクジラだ鯨ばい!!!
 盛りも盛ったり。球磨川べりのバーベキューでも食材を提供された「池田屋/魚彩館」さんのまたまた渾身のセレクトによるこの大量のクジラこそ、日ごとに強まるIWC(国際捕鯨委員会)の圧迫に抗して全世界、とくにIWCを牛耳る強大な西欧諸国と互角に勝負する、凛とした球磨の主張なのである。
 筆者は「ソウルフードば食うてなんが悪かとか。イギリスもアメリカもせからしか」と呵呵大笑するのに逡巡しない。

最強の肴たち。
上から時計回りに、尾羽、赤身、ウネ、酢蛸。赤身の左側は鹿刺。右下の皿にある刻みネギをこれをクジラに雨アラレと振りかけて食するとなおよし。


鯨飲鯨食
 まずは刺身といえばこれ、赤肉だ。ワサビ醤油で次つぎにするすると喉に滑らせる。このときばかりは九州独特の甘い「刺身醤油」がぴたりと合う。
 ウネ(畝)は舌ざわりにアブラの滋味がからまり、絶品である。うん、奥味があって焼酎がよりうまくなる。さらりと涼やかなのは尾羽。シャキシャキ感のなかにほのかに残るアブラの香りが麦味噌の酢味噌に溶け込み、さっぱりさが引き立つ。こんなクジラのオールスターに加え、もうひとつのソウルフードの雄にしてスーパースター、酢ダコも配されて完璧な布陣である
 鹿刺もある。真紅が目印の柔らかい肉は口の中ですっととろけて極上の余韻をもたらす。鹿肉は保存するなら醤油漬けだ。これを焼くと刺身のときとはうってかわって野生の風味が強力に蘇る。

Whale waiting
 池田さんが寄って来て、悪魔めいた囁きを吹きこまれた。

 「来週、『クジラで球磨焼酎を飲む会』ちゅうとばやるとです。ふふふ、よかでしょう」

 そ、そ、そ、そ、そんな魅力的な話を、在東京の身である筆者に、突然に。
 あまりの吸引力の強さに身が引き裂かれるようなその劇的なイベントは、盛況のうちに開催されたそうである。

〈クジラで球磨焼酎を飲む会〉――久保田貴紀さん(交流大学事業事務局)からの私信――

第1回は9月24日、約30名の参加者をもって松の泉酒造(あさぎり町)の併設レストラン「」にて。
池田さんが食材を提供され、クジラ料理の復権をめざして今夏から大胆な
クジラメニューを提供されている「しらさぎ荘」(人吉市)の高山洋一さんが腕をふるわれた。
今後定期的に開催し、鯨食文化の新しい動きを起こしていくそうである。  
  


 味のキラ星たちの間を泳ぐようにして食べ、焼酎を飲み、皆と語り、無上のココロモチになった頃は外はとっぷりと闇また闇。その闇のなかを当夜の宿泊所である公民館まで歩いた。フトンに這い込みそのままバタン。ドブにもはまらずよく行き着けたものだ。

里程標 11 石倉は未来を放射する



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10. Nov. 2003